十一、確固不抜! キグルミオン! 7
「さて、ようやく落ち着いて自己紹介ができるね。ああ、その前にせっかくの直接のお目見えだ。お礼をもう一度言わせてくれ」
蓬髪めいた乱れた髪に軽く左手を搔き入れ、にやけ顔の中年男は照れるとでも言いたげに反対側の右手で頬を掻いた。
四人も入れば圧迫感を感じずにおられないであろう狭い医務室。男は坂東の背中からのぞくように、顔を出してヒトミに頬を掻いていた手を差し出した。
「ありがとう、キグルミオン」
「どういたしまして! 皆さんを助けるのは、着ぐるみヒーローの使命なのです!」
ヒトミも右手を差し出す。坂東を挟んでヒトミと中年男が握手をした。
「おやっさん。ここでは何なんで」
そんな二人を交互に見て坂東がドアの向こうをアゴで指し示す。
「そうだね。じゃあ、ドクター。ありがとう」
「先生! ありがとうございました!」
男が先に身をひるがえしドアに向かい、坂東の脇を抜けるようにヒトミが続いた。
「どうもね」
ヒトミを検査した女性医師が手を振って二人を見送る。
「では」
坂東も身をひるがえした。
「坂東さん。調子は?」
その坂東の背中に女性医師が声をかける。
「どのことですか?」
坂東がドアの前で一度止まる。床に足がつくといつもの拍車がなるような音がした。
「私は医者です。体に決まってます」
「好調ですよ。健康だけが取り柄ですから」
坂東は女医に振り返らずに答えるとドアの向こうに消える。
「……」
女医はその最後にドアの向こうに消えた坂東の足を黙って見送った。
ドアの向こうの廊下では既にヒトミと男が移動中だった。坂東は床を力強く蹴ると一蹴りで追いつく勢いでその背中を追った。
「ああ、結局また名乗り損ねたね。鴻池天禅だ。地名にもある鴻池に、天空の天に、座禅の禅だ。普通の名前で失礼。まあ、よろしく仲埜瞳くん」
鴻池と名乗った中年男はヒトミに振り返りながら微笑む。
「はい。私は仲埜瞳です。えっと鴻池先生……」
ヒトミがその横をいく。もう既に無重力での狭い空間内の移動も慣れてしまったようだ。時おり床に足を着いて勢いをつけ、特に苦もなく宙を進む。
「言いにくそうだね。おやっさんで、いいよ。みんなそう呼んでる」
「ええっ! さすがに失礼ですよ! おっさん仲間の隊長ならともかく!」
「誰が『おっさん仲間』だ」
「アイタッ!」
後ろから流れてきた勢いのままに坂東に後頭部を叩かれ、ヒトミが大げさに宙で傾いてみせる。
「ぶーぶー。最近部下の扱いが、ホント雑ですよ」
ヒトミが唇を尖らせて後ろに続く坂東に振り返る。
「仲埜。その人は桐山博士の先生だぞ。かなり偉い人だ。あんまり失礼なこと言うなよ」
「おやっさんとか呼んでる人に、言われたくないです」
ヒトミは完全に無重力に慣れたのか、そのまま後ろを振り向いたまま進行方向に向かっていく。
「俺はいいんだよ」
「ああっ! 何かズルい!」
「はは、別に命を救ってくれた着ぐるみヒーローになら、僕は何て呼ばれてもいいけどね」
鴻池がくすくすと笑い、
「ほら! 着ぐるみヒーローは、気さくなのが一番です」
ヒトミが勝ち誇ったように坂東に向かって胸を張る。
「着ぐるみヒーローなら、注射でビビったりするな」
「ああっ! 聞こえたんですね! ヒドい! てか、私だってキグルミオンの着ぐるみ着てたら、注射も何も怖くないですからね!」
ヒトミは後ろ向きに床を足で蹴る。後ろを振り向いたままで、まだ真っ直ぐ前に進んでいく。
「キャラスーツで、注射針に向かって手を出しても、針が通らんだろ。グルーミオンでできてるんだぞ」
「ふふん。だから、怖いもの無しです。怖いのは、上司に後ろから叩かれて、後頭部にたんこぶ作ることぐらいです」
ヒトミが坂東からは見えない後頭部をこれ見よがしに、両手を後ろに回してさすってみせる。
「はは、いくらグルーミオンだからって、過信は禁物だよ。ヒトミくん」
その様子に鴻池がくすくすと更に笑った。
「そうだぞ、仲埜」
「大丈夫です! 過信なんて、してません!」
ヒトミが坂東に向かって鼻まで鳴らして胸を張る。もちろん後ろ向きに進んだままだ。
「そうか、仲埜?」
急に探るように上目遣いでヒトミを見る坂東。
「何ですか?」
その顔をヒトミがきょとんと見返す。
「いつまで、通路が真っ直ぐだと、過信してないか?」
坂東が挑発的に口角を歪めて笑うと、
「アイタッ!」
いつの間にか丁字路になっていた通路の壁にヒトミは後頭部からぶつかった。
改訂 2025.09.07