十一、確固不抜! キグルミオン! 6
「博士……各国の状況と、世界の反応……まとめておいた……」
いつもとは違うチーターと熊のヌイグルミを左右に従えて、簡素なイスに腰掛けた美佳が情報端末の上に指を走らせた。
目にも止まらない早さで情報端末のモニタに指を巡らせていた美佳は、最後に弾くように指を走らせる。
宇宙怪獣対策機構〝南の島〟臨時支所の簡素なテーブル。そこのイスに腰掛けた美佳は最後の指の動きでふと顔を上げる。
美佳の口元には食べカスらしきお菓子の破片が着いていた。美佳が顔を上げると、チーターのヌイグルミがその口元にハンカチを持っていく。
美佳が口元を拭きながら、振り向いた先には久遠が自身の情報端末に見入っている姿があった。久遠もやはり簡素なイスに座り、何やら瞬きもせずに表示されている文字列を目で追っている。
「……」
久遠は美佳の呼びかけに気づかなかったようだ。変わらず端末に目を奪われていた。
そんな久遠に熊のハニースキーが気づいて欲しい言わんばかりに、両手を頭上でぶんぶんと振った。
「ん?」
その様子にようやく久遠が顔を上げる。
「博士……各国の皆様と、世間の皆様の様子……まとめておいた……」
美佳が再度口を開く。
「そう、ありがと。どんな感じ?」
久遠は軽く振り返り美佳に微笑むと、もう一度自身の端末に目を戻す。やはり端末の中の情報が気になるようだ。
「各国は表立っては歓迎の様子。陰では苦虫をかみつぶしてる感じ」
「そう。まあ、SSS8は世界中から、それこそ世界中の才能が集まってるからね。各国も人的損失も、物的損失も出したくないでしょうしね」
「ふふん……博士も直に、そこに上がる……」
「そうよ。でもあそこの人たちのリスト見てると、くらくらするわ。見て見て。私なんて、下っ端の下っ端よ」
久遠はSSS8のクルーの名簿を見ていたようだ。久遠の手元であらゆる言語の表記かと思われるような、さまざまなアルファベットや文字が流れていく。
「ああっ、この博士! 今、SSS8に来てるんだ! そうよね! あの人の理論を実証するのには、SSS8の出力がいるわよね! ということはあの理論――証明されるってこと! 来てるってことは、実証実験に来てるってことよね? まさか世紀の瞬間に立ち会えるの? あっ! こっちのドクターも! こっちは宇宙における人体影響の臨床試験かしら? ――ッ! キャー! 美佳ちゃん! どうしましょ! 一昨年のノーベル物理学賞の博士もいるわ! この人の理論すごいのよ! やったわ! 私達が上がるまで、滞在日程がある! 会えるかしら? 忙しいかしら? もう皆に取り巻かれて、うんざりかしら! どうしよ!」
久遠が突如端末を抱きしめた。そして座ったままの姿勢で足の裏をばたばたと、床に左右交互に叩き付ける。
「博士……興奮し過ぎ……」
「だって、美佳ちゃん……鼻血が出そうなラインナップが、SSS8には滞在してるのよ」
久遠は両の足の裏で床を最後に蹴りつけると、歓喜に身震いするように上半身だけ伸び上がってみせた。
「博士、どうどう……宇宙に上がる前に……完全にのぼせ上がってる……」
「そ、そうね……ああ、こんな先生方の居る。SSS8に上がれるなんて、何てツイてるの! 私みたいな、一介の学者が!」
「宇宙怪獣を退けた実績はぴか一……誇っていい……」
「ううん……まあ、そうね……そうなんだけど……あっ、そうそう。で世界の皆様の反応は?」
あまり己の功績には興味がないのか、久遠は不意に話題を変える。
「神だ、奇跡だともてはやすちょっと怖い反応から……特撮だ、拡張現実だ何だと、懐疑的な意見まで……世界の皆様の反応は様々……」
「そりゃ、そうよね」
久遠はこちらも興味がないような軽い返事を返し、自身のモニタに再び食い入るように視線を落とした。
「ただ……」
そんな久遠に美佳が続ける。
「『ただ』。何? 美佳ちゃん?」
「キグルミオンだけが、話題になってる……ぐぬぬ……ヌイグルミオンの取り上げ方が小さい……何たる屈辱……」
美佳がその眠たげな半目の奥に力を入れる。己の身に降り掛かる理不尽に、憤りを表さんとか、その目は半目ながら見開いているかのようにぷるぷると震えた。
「ヌイグルミオンは、裏方さんだからね。仕方がないわよ」
「翼竜型の宇宙怪獣の時は、表に出て一緒に戦った……空に浮かぶヌイグルミオン……カッコ可愛いかったはず……ぐぬうぅ……おのれ、世間様め……ヌイグルミオンの良さが分からないとは――」
そこまでつぶやくと美佳の目が怪しく光った。美佳はそのまま何やら取りかからんと右手を大げさに頭上に振りかぶる。
「斯くなる上は、自分でファンサイトの立ち上げを……」
「美佳ちゃん。そういうのバレた時、恥ずかしいわよ」
「ぐぬぬ……」
美佳が大きく振りかぶった右手をぶるぶると震わせながら拳を握る。
「まあ、細かいことはいいじゃない。ほら、機嫌直して。SSS8に上がったら、色んな先生を紹介して上げるから」
「博士に博士を紹介されても、誰が誰やら……何を話してるやら……プサイにファイやら何やら、訳が分からない……」
以前に紹介でもされた覚えがあるのか、美佳が何かを思い出しながら眉間にシワを寄せた。
「あら? 各国の科学者は、それなりに各国の中央に発言力を持ってるわよ。こういう人たちとパイプを作っておくのは、政治的に有意義じゃないの?」
「――ッ! 世界的人材ネットワーク来た! 須藤家の人脈、宇宙規模確立予定入った!」
美佳が珍しく声を張り上げて情報端末に指を再び走らせ始めた。そこには久遠の端末に流れていた人名リストが次々と表示されていく。
「博士の先生も――おやっさんとか呼ばれてた人も、結構な先生と見た……」
リストを途中で止め美佳が目を怪しく光らせる。
「ええ、そうよ……あの人は、私の恩師……そしてある宇宙物理学と量子物理学に関する……世界的権威……ううん、異才ね……」
「むむ……この外見で、意外……だがさぞかし、発言力もあるに違いない……ぜひ、紹介してもらわないと……」
美佳が端末に写真を呼び出した。そこに蓬髪めいた乱れた髪をしたにやけた顔の中年男性の顔が映し出される。
「そうね……確かにそうなんだけど……」
久遠はその写真にちらりと視線を送ると呆れたようにため息を漏らす。
「ん?」
「そうなの……ウチの先生は、もうちょと巧く――」
不思議そうに己の方に目を向ける美佳には目を向けず、
「政治的に立ち回って欲しかったかな……」
久遠は次いでその相手が実際に居る天を呆れたように見上げてつぶやいた。
改訂 2025.09.07