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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十一、確固不抜! キグルミオン!
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十一、確固不抜! キグルミオン! 5

「ぶーぶー。検査なんて、退屈です」

 ヒトミは無重力に軽くイスから腰を浮かしながら、そこだけ固定された左腕に目を落として口を(とが)らせた。ヒトミの腕が採血(さいけつ)台らしきところに乗せられベルトで固定されている。

 もちろん生身の腕だ。ヒトミはキャラスーツを脱ぎ、無重力に腕だけ固定する形で何やら検査らしきものを受けているようだ。

 徹底的に宇宙で使用する為に軽量化が図られたと思しき骨格とベルトでできた椅子。そこに腰掛けてヒトミは左腕を採血台に預け(しばら)られていた。

 ヒトミの周りには医療用の器具と薬が壁面に固定されていた。ここはSSS8の医務室か何かのようだ。特に広い訳ではない。必要最低限の措置(そち)が取れる機材の置き場と、そのスペースを確保しているだけに見える。

 ヒトミの左手に注射針が向けられる。注射器を握っていたのは細い女性のものと思われる腕だ。

 女性は白衣を身にまとっていた。

「……」

 ヒトミがその少々太い採血用の注射針にごくりと息を()んだ。

 注射器を持って(ねら)いを定めていた女性が、不平を口にするヒトミにその顔を上げる。()りが深く大きな切れ長の目をした南アジア系と思しき顔を出すした女性がにっこりと微笑(ほほえ)んだ。

「ああ! 別に注射が怖いわけじゃないんです! 注射ぐらいへっちゃらです! ただちょっと、その針は太くないですかと思わなくもないのです!」

 (あわ)てて(おのれ)の勇気を示す為にか、鼻を(ふく)らませて力説するヒトミに注射器の女性はもう一度にっこり微笑んだ。

「むむ! たとえ言葉が通じなくっとも、私の名誉の為にここは力説します! 私は決して注射が怖いのではなく! 退屈が――アイタッ!」

 微笑むだけの女性に尚もまくしたてたヒトミの腕に注射器の針が打ち込まれた。ヒトミの目が見る見ると涙目になっていく。だが女性は手慣れているのか採血をあっという間に()ますと、消毒を手早く済ませ止血帯(しけつたい)をくるり巻いた。

 女性はこれで終わりと伝える為にかポンとヒトミの肩を叩いて立ち上がる。

 女性は採血したヒトミの赤い血を小さな試験管のような容器に移し替え始めた。容器は中が真空になっているのか、注射針を(せん)らしきとろこに差し込むと赤い血を気圧差で吸い込み始める。栓はゴム製か何かのようだ。血を移し替え針を抜いても中身は逆流しなかった。

 採血した女性は容器を手元に置くと、注射器の針をケースに収めて専用の廃棄物入れに放り込んだ。

「ありがとうございます」

 その様子を見上げながらヒトミが礼を口にすると、

「どういたしまして」

 女性がくるり振り返って流暢(りゅうちょう)(こた)える。

「ああ! 日本語しゃべれるんじゃないですか!」

「片言ね。ここは色んな国の人がいるからね」

 女性はどこまでもにこやかに(こた)える。

「そうなんですか?」

「そうね。ヒーローも、注射は怖いね?」

「ああ! 別に! 注射が怖いって訳では――」

 真っ赤になってまで反論しようとするヒトミの後ろのドアが開き、

「終わりましたか、ドクター?」

 いかにも狭いといった感じで坂東が身を屈めて入ってきた。

「Yes!」

 女性が坂東に流暢な英語で応えると、

「オウッ! イエス!」

 ヒトミが日本語然とした英語で後に続けた。

「ほほう、仲埜。英語が話せるのなら、好都合だ。よかったな」

 坂東は一蹴(ひとけ)りで入り口からヒトミの(もと)に飛んで来る。その後ろでドアが自動的に閉じた。

 坂東が着地するとかちゃりと金属音がした。坂東にドクターと呼ばれた女性がその音にすっと目を落とし、その坂東の足下を見た。

「何がですか?」

 着地した坂東をヒトミが見上げた。

「SSS8の公用語は、ロシア語、英語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語にスペイン語。後は日本語、中国語にインドの――」

 坂東がそこで言葉を一旦区切り女性に振り返る。

「Hindustani language」

 南アジア系と思しき女性がにこやかにそして誇らしげに坂東に(こた)えた。

「そう、そのヒンドゥスターニー語だが、実際これだけ話す人間も居なければ、ロシア語と英語以外は、フランス語と、中国語以外はあまり耳にしないのも事実でな」

「はい?」

「日本語以外に話せる言語があると、それがメジャーな言語だと会話が弾むぞ。よかったな。すぐにここにも、解け込めそうだ。何なら、通訳も頼む」

 坂東が真剣な笑みをわざとらしく浮かべてみせる。

「えっ? いや、実は英語は苦手で……いやあ、残念! 通訳は無理ですね! スイス語なら、何とかなるんですけど! いや、残念です!」

「スイス語なんてないぞ、仲埜」

 取り(つくろ)うようにまくしたてるヒトミに坂東がクスリと笑いながら(こた)える。

「へっ?」

「スイスの公用語は、ドイツ語とフランス語にイタリア語とロマンシュ語だね。仲埜くん。ロマンシュ語が話せるのかい? 珍しいね」

 ()頓狂(とんきょう)な顔で坂東の顔を見上げるヒトミの向こうで、一度は自動でしまったドアの向こうから中年男が顔を出した。

「ようこそ。人類の叡(えいち)と、世界の予算の結晶であり、人類最大の宇宙建造物であるSSS8――」

 男も入り口で床を()った。坂東に比べれば随分(ずいぶん)小柄に見える男の一蹴りでも、その身はすぐにヒトミ達の元へと降り立った。

 男は着地するや否や胸を張り、

「その(せま)い医務室へ」

 坂東の背中にぶつかりながらにこやかな笑みで続けた。

改訂 2025.09.07

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