十 天衣無縫! キグルミオン! 17
「分かってますよ!」
キグルミオンのアクトスーツを内から湧き出す光。その光で輝かせた四肢をヒトミが構え直す。元より茨状発光体により薄明かりのある現在の宇宙。それでもヒトミのクォーク・グルーオン・プラズマの光で辺りは更なる光りに照らされる。
宇宙という上下左右前後の区別のない空間で、全ての方向から宇宙怪獣がヒトミに襲いかかってきた。
やはり意思の疎通が出来るのか、示し合わせたように宇宙怪獣はその牙をキグルミオンに向けて同時に襲い来る。
「……」
ヒトミはその宇宙怪獣をぎりぎりまで引きつける為にか、身じろぎもせずに四肢を構えて待ち受ける。
「仲埜! 動け! 一度に相手できるのは、せいぜい二体が限度だ!」
「……」
そんなヒトミの耳元に再生された坂東の声に、ヒトミはそれでも応えずじっと身構える。
宇宙怪獣が器械体操のような正確さで、一斉にキグルミオンの全身に牙を剥く。ヒトミのキグルミオンの体は隙間もない程宇宙怪獣に囲まれた。
辺りを照らしていたキグルミオンの体から漏れ出る光。それすら宇宙怪獣に遮られてしまい、辺りが元の薄暗さをすら取り戻す。
「仲埜!」
その状況に坂東が血の気の失せたような声で呼びかけるが、
「はっ!」
返ってきたのはヒトミの裂帛の気合いだった。
ヒトミから見て上下の宇宙怪獣が外に吹き飛んでいく。それは上に飛んだものも下に飛んだものも一体ではなかった。ヒトミの気合いととともに宇宙怪獣がまとめて吹き飛んでいく。
坂東の指摘とは違い数体が同時に宇宙の向こうへと消えていく。
そして宇宙怪獣を宇宙の藻屑と変えたのは、その宇宙怪獣と同時に放たれていく二つの光だった。
ヒトミに群がる丸い繭のような、密集した宇宙怪獣の固まりから上下に二つの光が放たれ一瞬で消えた。
それは規模こそ小さいがクォーク・グルーオン・プラズマの光だった。じぐざくの光を宇宙にほとばしらせながら、プラズマの光が宇宙怪獣を焼いて宇宙に消えていく。
最初の光が収まる間もなく、次なる光が宇宙怪獣の繭を貫いた。今度は横に放たれたそれは、やはり宇宙怪獣を一度に数体吹き飛ばした。やはりプラズマの光だ。
割れた宇宙怪獣の群れの隙間から光が漏れる。
そこから垣間見えたのは全身を光に包んだキグルミオンのアクトスーツ。そしてその両の手を広げて振り回すヒトミの姿だった。
その腕の先からまるで手の延長のように光が伸び上がっている。
「な……」
坂東の声がヒトミの耳元で再生される。
「……」
ヒトミはその驚きの声を耳にすると唇の形を弓なりに曲げる。口角がつり上がり頬がくるんと丸くなった。ヒトミは戦闘中だというのに、どうだと言わんばかりの自慢げな笑みを浮かべた。
「まとめていけますよ! 見てて下さい!」
ヒトミのその応えとともに、更に宇宙怪獣が宇宙の向こうに舞った。
「……」
ヒトミの言葉に従ったのではないだろうが、男はその様子を黙ってモニタ越しに見つめていた。
スペース・スパイラル・スプリング8の内壁に設置されたモニタ。そこには宇宙怪獣を次々と吹き飛ばす着ぐるみの姿が映し出されている。
ヒトミは握った拳の先から。繰り出したヒザの先から。打ち込んだヒジの先から。ねじ込んだつま先から。次々とプラズマを撃ち出し宇宙怪獣を打ち倒していく。
「先生……」
見入る男の耳に久遠の声が再生される。
「ああ……すごいね……プラズマを自在に放っている。撃ち出すだけだったプラズマを身にまとうように操ったかと思うと、今度はまるで武器よろしく必要な分だけ放出している。フェルミオン化したグルーオン――〝グルーミオン〟を身にまとい、ダークマターを繊維状にまとめた〝ダークワター〟にその身を任す彼女は……今度は宇宙創世時の光――クォーク・グルーオン・プラズマをも味方にしたのか……」
男は久遠に興奮気味に応えた。
「……先生、ヒトミちゃんは『見られている』と……」
「そうだね……でも、早急かもしれない……そこは慎重にいきたいね……」
タイムラグの後に返ってきた久遠の言葉に男は今度は静かに応える。
「……」
男が無言で見守るモニタの中では群れをなしていたはずの宇宙怪獣が、今や数える程になっていた。
男の隣では坂東がヒトミに何やら指示を出している。後ろで浮かぶ二体のヌイグルミオン達が、ヒトミを真似て大げさにキックやパンチを繰り出して応援していた。
「彼女は本物の『ウィグナーの友人』なんだね……」
男はヒトミを見つめながらぽつりとつぶやく。
「……ええ、先生……〝見られている〟というのなら、応えなければ……それがウィグナーの友人の務めです……ええ、ヒトミちゃんならできます……我々は宇宙に轟かすことが出来ます……」
ひそめるような久遠の声が男の耳元で再生される。
そして二人は宇宙と地球とのタイムラグをものとせずに、
天空和音を宇宙に――
和すように同じ言葉をつぶやいた。
「おっ終い!」
そしてモニタの向こう――スペース・スパイラル・スプリング8の隔壁の向こうの宇宙では、群れをなしていた最後の一体の宇宙怪獣をヒトミが右の拳で吹き飛ばしていた。
宇宙怪獣は頭部を焼かれて吹き飛ばされ、その勢いで宇宙の向こうに消えていく。
それはちょうど茨状発光体が輝く方向だった。
力を失った宇宙怪獣の姿をその光が包むように隠してしまう。
ヒトミは突き出した拳のままに、
「見たか!」
その光に呑まれる宇宙怪獣に向かって雄叫びを上げた。
期せずして茨状発光体に向かって勝利の勝鬨上げたヒトミに――
「宇宙は私が守る!」
もちろん宇宙は何も応えなかった。
(『天空和音! キグルミオン!』十、天衣無縫! キグルミオン! 終わり)
改訂 2025.09.05