十 天衣無縫! キグルミオン! 16
「はぁ……はぁ……」
ヒトミはキグルミオンの中で息を整える。
「はぁ……」
キグルミオンの着ぐるみ然としたキャラスーツの中では、その視界は着ぐるみのものそのものだ。
ヒトミはキグルミオンの狭い視界で、左右の瞳を右に左にと動かした。
キグルミオンの周りを宇宙怪獣が一定の距離をとって回る。それは明らかに警戒の様子を示していた。
赤い一対の目を首だけ傾け、警戒の視線を送りながら宇宙怪獣達は付かず離れずにキグルミオンの周囲を回る。
キグルミオンの全身がほのかに光っていた。それはクォーク・グルーオン・プラズマとして放出する前のエキゾチック・ハドロンの余剰クォークとグルーミオン化しているグルーオンが反応する光。
謎の茨状発光体が輝く本来は漆黒の宇宙で、その茨状発光体の向こうを張るかのようにキグルミオン自身も光っている。
「……」
ヒトミが視線を一点で止めた。警戒に周回を始めた宇宙怪獣の動きを追うの一時止め、ヒトミはその宇宙怪獣の向こうに視線を移す。ムクロと化した宇宙怪獣の背中をヒトミの瞳がじっと追った。
暗いはずの宇宙でそれは、茨状発光体の光に照らされ遠くまでその姿を曝している。
宇宙怪獣は時に背中を見せ、また吹き飛ばされた頭部のない首を向けながら力なく宇宙の向こうに漂っていく。宇宙怪獣とはいえ命あったものが真空の宇宙に力なく漂っていく。吹き飛んだ方向によっては早くも地球の引力に引かれて急速な落下を始めていた。
「そりゃ、ああはなりたくないわよね……」
ヒトミは死骸となった宇宙怪獣から、まだこちらに襲いかかろうとしている宇宙怪獣に意識を戻す。
「……」
ヒトミが宇宙怪獣の一体一体に視線を向ける。見つめ返してくるのは赤い一対の瞳。
ヒトミを取り巻きながら宇宙怪獣は無言で瞳だけを向けてくる。
ヒトミはその瞳一つ一つをのぞき込むように見返した。
「一斉に襲いかかるつもりね……」
ヒトミは語りかけてこない宇宙怪獣の瞳から、相手の意図を悟ったようだ。
「えっと……おやっさんさん!」
ヒトミがキグルミオンの中で虚空に向かって呼びかける。
「『おやっさんさん』とは何だい?」
タイムラグ無しに返ってきたのは中年男性の声だ。坂東におやっさんと呼ばれていた男が、ヒトミの耳元で思わず漏れたと思しき笑いと声とともに再生される。
「ごめんない。まだ『おやっさん』としか聞いてないから。とりあえず敬称付きで、おやっさんさんです」
「はは、いいけどね。エキゾチック・ハドロンの追加だね?」
「はい、おかわりお願いします」
「宇宙怪獣は付かず離れずだ。それでも必要かね?」
「来ますよ……もう、少ししたら、一斉に襲ってきます」
「……宇宙怪獣同士のコミュニケーション手段は解明されていない。ましてや人に理解できるかどうか分かってはいない。それでも一斉に襲って来ると自信があるのかい?」
タイムラグとは違う間をおいて男はヒトミに問いかける。
「ええ」
ヒトミは短く答えた。
「何か聞こえたかい?」
「いいえ、でも〝見られている〟のはよく分かります」
「……」
男が息を呑む音が大きくヒトミの耳元で再生された。
「……ヒトミちゃん……〝見られている〟のね……それが分かるのね……」
男の代わりに届けられたのは久遠の息を潜めたような声だった。
「はい。何か?」
「いや、いい。一斉に襲ってくるのなら、かえって都合がいい。この事態を早く〝収束〟させよう」
「……そう……〝収束〟するはずだわ……」
ヒトミの聞き返しに男がすぐに答え、その答えにかぶさるようにタイムラグ後に久遠も答えた。
「終息ですか? 全部終わりってヤツですか?」
キグルミオンの体が光を増した。その光に身を任せながらヒトミが聞き返す。
「いいや、『収める』『束ねる』の収束の方さ。残念ながら、この収束を何とかしないと、宇宙怪獣の襲撃はそれこそ終息しないと思っている。僕と久遠くんはね」
「はい?」
ヒトミが素っ頓狂な声で聞き返す。思わずにかSSS8に顔ごと振り返り、見えるはずもない会話の相手の姿を見る探すように視線を泳がせた。
「仲埜! 油断するな! 来るぞ!」
その耳元で坂東の声が不意に再生された。
ヒトミがキグルミオンの顔ではっと面を戻すと、
「――ッ!」
上下左右前後――宇宙の全ての方向から宇宙怪獣が一斉に襲いかかってきた。
改訂 2025.09.05