十 天衣無縫! キグルミオン! 15
「キグルミオンのアクトスーツを構成する〝グルーミオン〟と出会ったエキゾチック・ハドロン……『フェルミオン』化した『グルーオン』と衝突したそのエキゾチック・ハドロンは、その余剰クォークをグルーミオンに奪われプラズマ化する……プラズマは打ち出すものと思い込みがちだが……いやはや……」
坂東におやっさんと呼ばれていた男は感心したようにつぶやく。男はスペース・スパイラル・スプリング8の中で微動だにせずにモニタに見入っていた。
モニタに吸い付いたように離れない男の視線。その男の瞳はモニタの中で光が発せられる度に、その光を受けて輝く。男はもはや体を動かすことも忘れたと思えれる程、その光の輝き一つ一つに瞳を光らせていた。
「三十一、三十……二十九。二十八、二十七……」
坂東は男の隣で数を数えていた。それはモニタがクォーク・グルーオン・プラズマの光に輝く数であり、一体一体と宇宙怪獣が倒されていく数だった。宇宙怪獣はモニタが閃光を発する度に弾け飛んでいく。そして頭部や首筋を破壊されるや、そのプラズマに焼かれた傷口を見せてただただ宇宙の向こうに漂っていった。
また一つモニタを閃光が染めた。
坂東も男と同じように目を輝かせるが、こちらは純粋にキグルミオンの力を見極める為に目を光らせているようだ。坂東はモニタの中のキグルミオンの姿をその拳や蹴りが、繰り出される度にそこに素早く視線を動かして鋭い視線を送る。
その後ろではユカリスキーとリンゴスキーが、宇宙の無重力に身を任せて何やらふざけ合っていた。
どうやら宇宙怪獣を次々と打ち倒すキグルミオンの真似をしているらしい。ユカリスキーがわざとらしいまでに両手を挙げてリンゴスキーに襲いかかろうとし、そのユカリスキーの顔やお腹を勇ましい動きでリンゴスキーの拳や蹴りが打つ。
ユカリスキーはその度に壁まで飛んでいき、リンゴスキーはその場でくるくると回る。ユカリスキーは壁まで力をなくしたように四肢を弛緩させて飛んでいくと、壁に当たるや新しい宇宙怪獣としてまた壁を蹴ってリンゴスキーに襲いかかる。
リンゴスキーはその間くるくると回りながらあちこちにポーズをとっていた。
「クォーク・グルーオン・プラズマの全エネルギーを一気に放出せず、その拳やつま先から必要な分だけ放出する。結果通常の攻撃の簡易さを持ちながら、威力の範囲は狭いながらもそのまま……すごいね、君の教え子は……」
男は坂東にようやく振り返る。
「別に。特に教えた覚えもないんですがね。着ぐるみに入っていない時のあいつは、どこから見ても普通の女子高生ですよ。まあ、着ぐるみに入っていないところを見るのは、かなりレアですがね」
坂東はヒトミの動きを注視したまま応える。それでも少しは自慢なのか鋭いまでの視線がやや緩んだ。その坂東の瞳を更なる光が染める。
「二十一! 仲埜! いつまでも同じ調子で倒せるとは限らんぞ!」
坂東はその新たな光に照らされながらヘッドセットに向かって声を張り上げる。
「分かってますって! でも、いい感じですよ! 本物の着ぐるみヒーローみたいです!」
更なる閃光を発してプラズマの攻撃を続けるヒトミの声が坂東達の耳元で再生された。
「油断するな! 特撮とは違うぞ!」
「はい!」
「でも、必殺技の名前は、何だか偽物くさい……」
タイムラグのせいで美佳の声が遅れて届けられた。
「ええっ、そんな!」
「……全部、スーパー・プラズマ・何とか……どっかで聞いたような名前……」
「ぶーっ! 必殺技の名前は、ぎりぎりまで考えたのに!」
「確かにぎりぎりだな、仲埜……」
「ぎりぎりだろうね……」
SSS8の男二人が真剣にうなづき、
「……ぎりぎりね……」
「……うん、ぎりぎり……」
タイムラグにめげもせずに音声だけで久遠と美佳がつぶやいた。
坂東達の背中では、二体のヌイグルミオンが寄り添い、わざとらしく震えながら何かに怯えるように周囲を見回していた。
「みんな、酷い! でも! いい感じ! スーパー・プラズマ・チョップ!」
坂東達の瞳を新たな閃光で輝かせながら、モニタの中のヒトミは今度は手刀の方に伸ばした手を宇宙怪獣の首元に叩き込んだ。
だがその様子にようやく劣勢を認めたのか、宇宙怪獣がそれ以上の攻撃の手を止めた。
宇宙怪獣は上下左右前後をそれぞれの軌道と距離とで、キグルミオンの周りを警戒するように回り始める。
「後、十九……最後まで簡単にはやらせてはくれないな……」
坂東はその宇宙怪獣の不気味に光る一対の赤い目を見てつぶやいた。
改訂 2025.09.04