十 天衣無縫! キグルミオン! 9
宇宙創世時の光が再び宇宙を輝かせた。
キグルミオンの着ぐるみ然としたふわふわでもこもこの拳の先。そこから放たれた目映い光は、稲妻めいた鋭い軌跡を描いて宇宙を駆ける。
「行けっ!」
群れなす宇宙怪獣に拳突き出すヒトミが虚空に叫ぶ。
自身を呼び起こした人工衛星粒子加速器の脇をかすめるように、その光は宇宙をほとばしった。
人類が宇宙に浮かべた巨大構造物をその光で照らすと、クォーク・グルーオン・プラズマの光はその向こうの赤い光の群れに向かって消えていく。
「――ッ!」
次の瞬間、先までとは違う光がヒトミの目を焼いた。ただでさえまばゆかった光が、対をなす赤い凶悪な光に到達すると目がくらむ程爆発的に輝いた。
宇宙怪獣に激突したクォーク・グルーオン・プラズマの光。それが宇宙の四方を照らし出す。
その前方に姿を現していたスペース・スパイラル・スプリング8の鋭利な螺旋を描く外観が、光と影の陰影を宇宙に浮かび上がらせていた。
「やった!」
「宇宙怪獣……散会して回避を試みた模様……成果は先に比べて乏しい……」
ヒトミの歓喜の声を否定するかのように美佳の声がかぶせられた。
「そんな!」
「……ある程度は予想できた……切り替えて、ヒトミ……」
今度はヒトミの言葉を待ってから応えたらしい。美佳の声はタイムラグの後に再生された。
「どれくらい残ってるの?」
ヒトミが宇宙怪獣を見上げる。先よりはばらけた赤い光の対が見えた。
「……最初から比べて半分といった感じ……」
「そう!」
ヒトミは美佳に応えると、気合一閃とばかりにキグルミオンの身を前転させた。ヒトミが宇宙の無重力をいかんなく生かしてぐるりと身をひるがえす。キグルミオンの足先に固定されていたSTVの推進モジュールとその噴出口が、その動作で前を向く。
「よし! ナイスだ、仲埜!」
「STV位置よし! 角度よし! 推進モジュールの液体燃料を噴射! キグルミオンの慣性を制御! 慣性を殺してSSSと相対的に停止させて、宇宙怪獣に備えます!」
ヒトミの耳元で坂東と久遠の声が同時に再生された。
「下がっていて下さいよ! 隊長!」
ヒトミの足下で、ここまでキグルミオンのアクトスーツを運んできたSTVの推進モジュールが火を噴いた。
そして今やキグルミオンはSSS8のその細部が分かるまでに近づいていた。巨大なキグルミオンすら小さく見える。人類が宇宙に浮かべた最大級の建造物が、その全容を細部まで曝し始める。
それは宇宙に浮かぶ人工の島だった。キグルミオンのアクトスーツですら着地可能な幅を持つチューブが、螺旋を描き束になりながら何周もしている。
所々に主要施設が併設されているのか、そのチューブは呑み込まれるようにビル程の大きさの構造物を貫いていた。
SSS8を後ろから追うように近づいてきたヒトミのキグルミオンと坂東のSTV二番機。二人は今やその宇宙に浮かぶ島の波打ち際とでも言うべきところまでさしかかっていた。
SSS8を端から真下を通過しながらヒトミの体が徐々に減速していく。
「何を言ってる? こんな宇宙で一人で戦うつもりか?」
「はい?」
「慣性を殺して停止はするが、あくまでSSS8とやはり相対的に停止するだけだ! だがそれは大きな視点で見たときの話! 対宇宙怪獣の視線で見れば、相手の前でそのままぷかぷかと浮かぶだけになってしまうぞ!」
「それは、そうですけど」
ヒトミが坂東に応えながらSSS8を見上げた。目の前を圧する勢いでその巨大建造物がかぶさるようにヒトミの上を通過していく。実際はヒトミの方がSSS8に追いつき、減速しながらもその下を通過している。
だがその圧倒的な大きさはどこか立ち位置を逆に見させた。ちっぽけなヒトミの上を巨大な人工の島が通り過ぎていくように見える。
「いいか! いつぞやの翼竜との時とは違う! 少しの慣性のかけ違いで、地球の重力に呑み込まれて落ちていく! キグルミオンを宇宙で自由にする翼が必要だ!」
「えっ? キグルミオンは猫ですけど? 羽は生えてませんけど!」
「分かってる! SSS8からプレゼントだ! 受け取れ!」
坂東のその言葉とともにSSS8の一角がきらりと光った。
改訂 2025.09.01