十 天衣無縫! キグルミオン! 7
宇宙服に身を包んだコアラのヌイグルミが、命綱に引かれて後ろに下がっていく。その目の前でリニアチャックのスライダーが宇宙では音もなく閉まっていく。
仲埜瞳を内に迎え入れたキグルミオンが、魂を得たかのようにその顔を上げた。キグルミオンは着ぐるみ然とした笑顔をたたえたその顔で、どこまでもにこやかな視線を向けて宇宙の深淵の向こうに目をやる。
「隊長! SSS8見えました!」
地球の丸いシルエットの向こうからゆっくりと姿を現した人工衛星加速器――スペース・スパイラル・スプリング8。バネを強引に曲げて輪を作ったようなその独特のシルエットが宇宙に浮かんでいる。
「その向こうの、宇宙怪獣もです! すごい数です!」
人類の叡智の結晶である宇宙の粒子加速器。その向こうに星とは違う赤い光の群れがその不気味な光を届けていた。
「間に合うんですか?」
ヒトミはその対になった赤い光ににらみを利かせようとか、キグルミオンの中で目を細めた。
「間に合う! 間に合わせる! お前はそのまま推進モジュールに乗っていろ! 今から加速する!」
坂東の声がキグルミオンの中で再生された。
今や二機のSTVがその身を並べていた。片や巨大な着ぐるみを載せて、ほぼその機体の全てを破棄した推進部のみの一番機。片や坂東を載せた曝露モジュール、軌道モジュール、帰還モジュール、推進モジュールなどが完全な二番機。
圧縮して格納していたキグルミオンは二番機の大きさを超えており、同じ推進モジュールが一番機のものは随分と小さく見える。
キグルミオンは推進モジュールのみとなった一番機に、かろうじて両足を固定して乗っている状態だった。
そのキグルミオンの足下で推進モジュールが後方に火を噴いた。
「落っこちるなよ、仲埜!」
「誰に言ってるですか、隊長!」
ゆっくりと加速を始めた一番機の推進モジュール。その上に危なっかしいまでのバランスで乗っているキグルミオン。
キグルミオンは二番機を後ろに残して、より高高度へその身を上げていく。
一番気の後ろを追うように、二番機の推進モジュールにも火が入り加速を始めた。二番機は一番機に寄り添うように高度を上げていく。
その二番機の曝露モジュールの格納口にユカリスキーが命綱に引かれて戻っていく。ユカリスキーは宇宙にロープ一本で身を浮かべて、どこか遊び足りないといった感じに手足を振りながら背中から引かれていった。
「ヒトミちゃん! 移動する間に、よく聞いて!」
キグルミオンの中で久遠の声が再生された。
「久遠さん!」
その声にヒトミが応えるが、久遠からの返答はしばらく間を置いてからだった。
「ええ、久遠よ。いい、タイムラグがあるから、ある程度一方的に話すわね――」
久遠はタイムラグを気にしてか、聞き返されないようにと丁寧に一言一言伝えてきた。
「キグルミオンは後数十分で宇宙怪獣を『クォーク・グルーオン・プラズマ』の射程距離内にとらえます。SSS8に残ってる人員が、射程距離内に入り次第『エキゾチック・ハドロン』を照射してくるわ。まずは遠距離で狙い打って、ある程度数を減らしましょう。それとキグルミオンはSSS8の下から回り込んでいるから、角度はあるけどあまり深くないわ。気をつけて撃ってね」
「気をつけるだけなんですか?」
こちらはタイムラグなど気にも止めずにヒトミがいつもの調子で応える。
「ええ。お願いね」
やはり少し遅れて久遠の短くも強い答えが返って来る。もはや久遠の手の届くところに居ないキグルミオン。それでもその中のヒトミごと信頼しているのか、久遠の応えは短く強くどこか優しく深い。
「SSS8……粒子の加速開始……」
続いて聞こえてきたのは美佳の声だ。
「美佳! 早くない?」
「……地上にまで届くエキゾチック・ハドロンの照射距離は……もちろん、キグルミオンのクォーク・グルーオン・プラズマの射程より長い……先にチャージしておく……射程内に入り次第、第一射発射可能……今までで、一番派手な花火になるはず……」
ヒトミの応えにやや遅れてから美佳の声が返って来る。やはりタイムラグを気にしていないのはヒトミだけのようだ。
「……エキゾチック・ハドロン……照射、開始……」
続いて届けられた美佳の声とともに、キグルミオンの体が宇宙で光り始めた。
その美佳の声にどこまでもタイムラグなど気にもせず、
「任せて!」
ヒトミは尚も加速する推進モジュールの上で光る拳を宇宙怪獣に突き上げてみせた。
改訂 2025.09.02