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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十、天衣無縫! キグルミオン!
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十 天衣無縫! キグルミオン! 5

 キグルミオンのアクトスーツを()せた一番機の推進(すいしん)モジュールが、短く尾を引く噴射(ふんしゃ)小刻(こきざ)みに()き出した。

 ゆっくりと全体をねじりるように回りながら、推進モジュールが二番機に近づいてくる。一番機に固定されたキグルミオンも、その動きに合わせてその身を何かのお披露目(ひろめ)のようにゆっくりと回転させた。

 一番機が二番機に追いついた。一番機はそのまま二番機の横に、(すべ)り込むように(なめ)らかに並ぶ。まったく同じ速度で進む二機の宇宙船は、それで互いが止まったように横に並んだ。

「一番機。二番機と相対的停止――確認。システム同調開始」

 坂東が軌道(きどう)モジュールの壁に設置されていた端末に、宇宙服で握ったペンを走らせる。端末には二台並んだ宇宙船の模式図(もしきず)が表示されていた。片方は推進部しかなくその上に猫の着ぐるみが描かれている。

 実際のキグルミオンのアクトスーツが手を軽く広げて(ただよ)うに浮かんでいる。アクトスーツは二番機の窓の向こうをその巨大な体で()めた。

 海の青と雲の白をまとう地球を背後に猫の着ぐるみが宇宙に浮いている。

「システム同調を確認。地上との通信良好。タイムスケジュール異常なし。一番機、二番機共に機体に異常なし」

「ほえええっ! やっぱり宇宙で見ても、キグルミオンはカッコ可愛いのです!」

 端末で状況の確認と進行を進める坂東の向こうで、窓に張り付いたヒトミが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

 まったく同じ姿のキグルミオンのキャラスーツを身にまとい、ヒトミは窓に顔を突きつけながら飛び()ねた。

 いや無重力の中で飛び跳ねるのは難しかったようだ。ヒトミは飛び跳ねるつもりで跳ねた自身の手足の勢いに体がぐるぐると回る。

 一緒になって窓の向こうをのぞいていたコアラとウサギのヌイグルミが、突然回り始めたキグルミオンに(はじ)き飛ばされた。

 コアラのユカリスキーとウサギのリンゴスキーが、それぞれ楽しげに手足をばたつかせながら反対方向に飛んでいく。

「ほえええぇぇぇっ! 宇宙がぐるぐる回ってるのです! ああっ! せっかくのキグルミオン勇姿が! 窓が! 遠ざかっていきます!」

「うるさい、仲埜! 少し静かにしてろ!」

 自身の勢いで窓から離れてしまい大騒ぎするヒトミに、坂東が苛立(いらだ)たしげな声を上げる。

「はーい」

 ヒトミが手を伸ばして窓枠をつかんだ。もう一度(おのれ)の身を窓際に固定すると、そこから外をのぞく。

 ねじるように回転していたキグルミオンは、ちょうどこちらを向いているところだった。

「……」

 寸分(すんぶん)(たが)わない顔を宇宙船の内と外で突きつけ合わし、ヒトミがその姿を無言で見つめる。

 何秒も待たない内にキグルミオンのアクトスーツは、またその回転(ゆえ)にゆっくりと向こうを向く。

「……」

 (ほほ)や肩、腕、背中のチャックがヒトミの前にゆっくりと流れるように現れた。

「どうした、仲埜? 随分(ずいぶん)と静かだな?」

「隊長が、静かにしてろって言ったんじゃないですか」

「まあ、そうだが」

「この子で、宇宙怪獣と戦ってきたんだなって……」

 アクトスーツの背中が向こうに見えなくなくり、反対側の肩がヒトミに向けられる。

「そうだな。これからも、それこそ一時間ちょっとで、次も戦わないといけないがな」

「分かってます。この子は宇宙を救うんです。私たちのキグルミオンが世界を救うんです」

「そうだ。こいつらからな」

 坂東がモニタの一角を指差した。

 それはSSS8がとらえた宇宙怪獣の()れの映像だった。

 遠目の画像にもかかわらず、星とは違う赤い一対の目が何十と浮かんでいるのがしっかりととらえられていた。

「……」

 ヒトミがモニタに顔を向ける。

 もう一度こちらに正面を向いたアクトスーツの顔が、窓の向こうからのぞいた。巨大猫の着ぐるみの瞳と、人間大の大きさの猫の着ぐるみの瞳が、同時に宇宙怪獣を見つめたかのようだ。

 宇宙船の奥ではユカリスキーとリンゴスキーが互いに手伝いながら、ヌイグルミ用の宇宙服に着替え始めていた。

「よし。一番機、自転制御。リニアチャックを二番機に向けて停止。接触ぎりぎりまで一番機と二番機を接近。いいな、仲埜! 上部の曝露(ばくろ)モジュールから、最接近して飛び移ってもらう! 真空空間にキャラスーツ一つで身を(さら)してもらうぞ! 気合いを入れろ! 失敗は許されないぞ!」

「はい!」

 ヒトミは坂東に(こた)えると軌道モジュールの壁を蹴った。モジュールの上部に空いていたハッチから、更に上部のモジュールにその身を(すべ)り込ませる。

 ユカリスキーがその後に続いて中に入った。

 そこは着ぐるみ一つがぎりぎり入る横に長い空間だった。ヒトミとユカリスキーが互いを押し合いながらその中に(おさ)まる。

 外からリンゴスキーがハッチを閉めると一人と一体は完全に隔離(かくり)された。

 ヒトミは暗く(せま)い空間に着ぐるみの身で横たわる。

 ユカリスキーがその足下辺りでもぞもぞと体を動かした。ユカリスキーはこの曝露(ばくろ)モジュールの壁と、(おのれ)の宇宙服とを命綱(いのちづな)連結(れんけつ)していた。

 ヒトミが体一つで宇宙に飛び出し、それを命綱付きのユカリスキーがサポートする計画のようだ。

 空気が流れるポンプの音が鳴り響いた。

「接続モジュール内与圧(よあつ)解除」

 坂東の声が音声として流れる。

 ヒトミはその声を息を殺して聞いた。ヒトミが自身の緊張を(やわ)らげる為か、ユカリスキーの頭を軽く()でる。

 ユカリスキーが(せま)いながらも楽しげに首を振って(こた)えた。

「キグルミオンキャラスーツ……曝露(ばくろ)……」

 いつも以上に真剣な口調の坂東の声がやはり音声として流れる。

 そしてヒトミの頭上の壁が軽い衝撃とともに開いていく。

 開いた先は真空の世界だった。曝露(ばくろ)モジュールにわずかに残っていた空気が、宇宙の向こうに流れていく。

 宇宙空間に(さら)されたヒトミとユカリスキーが、上部に空いた空間から外の世界を見上げた。

 ヒトミ達の目の前にキグルミオンのリニアチャックが現れていた。

「キグルミオン! ゴー!」

 ヒトミはユカリスキーの助けだけを頼りに宇宙空間に飛び出した。

改訂 2025.09.01

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