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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十、天衣無縫! キグルミオン!
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十 天衣無縫! キグルミオン! 2

「……」

 宇宙怪獣に唯一立ち向かうことのできるキグルミオンの中の人――仲埜瞳(なかのひとみ)は、一言発せずにただただ窓の外に目をやっていた。

 先に民間宇宙船で体験した低軌道(きどう)宇宙への加速度。それを越える加速度にヒトミはキグルミオンのキャラスーツごとシートに押し付けられていた。

 だがそれもつい先ほどふっと消えた。

 動かないヒトミの腕の中に抱いていたヌイグルミがもぞもぞと動く。

 ヒトミのことを(たく)された美佳の一番のお気に入りのヌイグルミ――ヌイグルミオンのユカリスキーが、そのボタンの瞳で上半身だけを振り返させた。

 無言でヒトミを見上げるユカリスキー。猫の着ぐるみをコアラのヌイグルミが宇宙船の中でじっと見上げる。

「……」

 ヒトミはそれでも動かない。

「どうした? 仲埜? また感動してるのか?」

 宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――坂東士朗(ばんどうしろう)が、全身宇宙服で振り返る。坂東はヒトミに話しかけながら次々と目の前の計器類を確認していく。坂東の手が計器板に取り付けられていたペンに触れた。それはマジックテープで壁面に固定されていた。

「おっと……」

 坂東が誤って触れたことでそのペンが宙にふわりと浮いていく。

「無重力だ!」

 その様子にヒトミが突如口を開く。

 キグルミオンのキャラスーツの中のヒトミの声は、くぐもりながらも宇宙船内に歓喜の雄叫(おたけ)びとして響き渡った。

 ヒトミは叫ぶと同時に両手でかかえていたユカリスキーを宙に向かって放り投げた。

 突然ヒトミに身を解放されたユカリスキーが、楽しげに両手両足をばたつかせながら宙にぷかぷか浮かび(ただよ)っていく。

「そうだな。無重力だな」

 浮かんでしまったペンをつかみながら坂東が(こた)える。その坂東の胸元からもウサギのヌイグルミオン――リンゴスキーが楽しげに宙に飛び出した。

 リンゴスキーはその長い耳を無重力でふわふわと(ただよ)わせながら、自身の身も楽しげに宙を舞わせる。

 ユカリスキーが壁を蹴るとそんなリンゴスキーに飛びついていく。ユカリスキーがぽこんとリンゴスキーにぶつかり、二体はてんでばらばらの方向に漂っていく。

「ええ! もっと感動しましょうよ、隊長! 宇宙ですよ! 無重力ですよ! ロケットですよ! 宇宙船ですよ! 地球があんなに遠くにあるんですよ!」

「全部、概知(きち)のことだな。俺たちは地球を遠く離れる為に宇宙船をロケットで打ち上げて、無重力上等(じょうとう)の宇宙にきてるんだがな」

 興奮に手足をばたつかせるヒトミとは対照的に、坂東が落ち着いた様子で計器類の確認をしながら(こた)えた。

「ぶーぶー! もういいです! 早くベルトを(はず)しましょうよ! ああ! ユカリスキーとリンゴスキーがあんなに楽しそう! 私も早く無重力を堪能(たんのう)したいです!」

 ヒトミの目の前ではコアラとウサギのヌイグルミが、もどかしげにそれでいて楽しげに四肢(しし)をばたつかせて宙に浮いていた。

「慌てるな。ヌイグルミと違って、人間様はまずは安全確認が重要だ」

「ああ! ユカリスキー、楽しそう! 私も()ぜて!」

「この(せま)い船内で、あんな風に遊んだら、さすがに怒るぞ」

「ええ! 遊びたい! 浮かびたい! (ただよ)いたい!」

「たく……宇宙は二度目だろうに……」

「まるで違いますよ! こんなにすごい衝撃で空に飛び出して、この後ずっと無重力なんですよね? この間は(あわ)てて行って帰ってきた感じでしたし!」

「まあ、そうだな。よし、いいぞ。ベルトを外せ」

 坂東がヒトミに応えながら腰に手をまわした。

「ひゃっほーっ!」

 先に手を回した坂東よりも素早くヒトミがキャラスーツを固定していたベルトを離す。

「浮かびます! ぷかぷか浮いていきます!」

 ヒトミが興奮を隠しもせずに身を宙に浮かべていく。

 宇宙で猫の着ぐるみが宙に浮いた。つぶらなプラスチック然とした瞳を機械の光の反射に輝かせ、猫ひげを無重力に漂わせながらそのふわふわでもこもこの身が宙に浮いていく。

「あんまりはしゃぐと頭打つぞ」

 ベルトを外した坂東は浮かび上がるとそのまま頭上に両手を伸ばした。坂東は頭を打たないように手を伸ばしたようではないようだ。坂東が伸ばした両手の先に、両手でつかむような大きさのバルブがついたハッチがあった。

「あいた! いた! いたい!」

「言わんこっちゃない」

 坂東が背中で(いく)つかの殴打音(おうだおん)を聞きながら、伸ばした両手でバルブを回す。

「だって……」

 ヒトミは坂東の忠告むなしく、(せま)い船内ですぐに天井や壁にぶつけた頭を軽くなでた。だがそれでも()りないのか、わずかな空間を見つけては体をよじって無重力を堪能(たんのう)しようとする。

 そのヒトミに二体のヌイグルミが手足をばたつかせて近づいてきた。ユカリスキーとリンゴスキーを身にまとわりつかせながら、ヒトミが無重力に身を任せて宙で回転する。

「うひょう! 回転が一番無重力を実感できます!」

「たく、俺達はSSS8の緊急救助にきたんだぞ。(ゆる)み過ぎだ。ほらいくぞ」

 坂東は伸ばした両手で天井のバルブを回し終わりそのを開いているところだった。坂東は開いたハッチの向こうにその大きな体を(すべ)りこませていく。

「はーい」

 ヒトミが坂東に続き、その後ろにヌイグルミオン達が続いた。

「分かってるな、仲埜。我々はSSS8に到着するまで、この軌道(きどう)モジュールで時間を過ごす」

 坂東がハッチの向こうで振り返る。そこは軌道モジュールと呼ばる打ち上げ後に、宇宙飛行士が宇宙ステーションなどとドッキングまでを過ごす空間だった。

「聞いてます。さっきのところが帰還モジュールですよね」

 ハッチをくぐりながらヒトミが(こた)えた。

「そうだ。打ち上げと帰還の衝撃を受け止める帰還モジュールから、こちらの軌道モジュールに移って待機だ。昔ならここで三日は過ごしてステーションまではいったが、今は三時間もあればつく。そしてその時間は残念ながら、宇宙怪獣を迎え撃つに十分な時間を作ってくれない」

「……」

「先に打ち上げたキグルミオンのアクトスーツを乗せた一番機と途中で合流。移動しながらそちらに乗り移ってもらう。もちろん、真空の宇宙空間でな」

「はい……」

 ヒトミが坂東にゆっくりとうなづくと、

「一番機の姿が見えた」

 坂東のその言葉とともに軌道モジュール内のモニタに別の宇宙船が大写しになった。

改訂 2025.08.31

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