九、森羅万象! キグルミオン! 14
「ただいまより、ロケット打ち上げ、秒読みを開始します!」
記録の為か久遠の区切りが多く、はっきりとした口調の音声がVAB内に響き渡った。
今からロケットを打ち上げるというのに、久遠は片手に情報端末を持つだけだった。久遠が言うモバイル管制は文字通り手に収まる機器での、ロケットの打ち上げを可能とするようだ。
「Final terminal countdown start.」
久遠に続いてその内容を英語で告げたのは美佳の声だ。こちらも記録為にか、珍しく眠たげな口調ではなくはっきりとした調子で内容を告げる。
そして美佳もいつもの情報端末にしか手にしていない。
二人はVABの中で立ったまま情報端末に指を走らせる。
久遠はVBA内で壁際にかけられたモニタを見上げていた。美佳も周りにヌイグルミオン達を周りに走り回させながらモニタを見上げる。
モニタの中には、島の東に突き出た岬に移動したロケットが映し出されている。久遠が一番機と呼んだロケットはMLで移動したままの姿で天に向かって伸びている。
「経過区域の安全を確認。射場の天候は晴れ。摂氏二十九度。風、北西の毎秒七メートル。ロケットの打ち上げに問題なし」
久遠がその姿にうなづき打ち上げの状況を読み上げれば、
「All safty――」
美佳が自慢げに両頬の口角を上げながら続く。
ヌイグルミオン達はその間も、忙しくも楽しげに二番機の左右に設置された鉄塔を走り回っていた。ヌイグルミ達は、一番機の打ち上げの準備中も二番機の準備に忙しいようだ。
鉄塔内の階段を忙しく駆け上っていくウサギがいたと思えば、その横を鉄塔を伝って真っ直ぐ下に滑り降りていくライオンがいる。
二番機の機体に伸びたケーブル類に近づいては腕ごと使って指差し確認をするトラがいたと思えば、壁際のモニタをしげしげと眺めそこに表示される数値にいちいちうなづくウマもいる。
皆がきびきびとしてそれでいて楽しげに走り回ってロケットの打ち上げ準備に駆け回っていた。
「自動カウントダウンシークエンス開始」
そんなヌイグルミ達に二番機を任せ、久遠が己の情報端末に目を光らせる。
「全システムの電源。外部電源より、内部電源に切り替え」
「二百七十。六十九。六十八――」
そして久遠の声に合わせたかのように、合成音声らしき女性の声で秒読みが始まった。
久遠と美佳が秒読みにお互いを見て息を呑んでうなづく。
しばらく秒読みに耳を傾けた後、久遠と美佳はまた情報端末に目を向け直し打ち上げ状況を確認し出した。
「ウォーターカーテン散水開始」
「Water curtain starts.」
「フライトモードオン」
「Flight mode on.」
秒読みが続き久遠と美佳が再度状況を読み上げ始める。
その声は実際に時間に追われるのか、それとも興奮がそうさせるのか、二人とも再開前よりややうわずった早口な口調になっていた。
「十三。十二。十一――」
秒読みは今も続き、モニタは今はエンジン部を大写しにしていた。巨大なロケットを宇宙へと送り出すエンジン部。それは円錐形の形をし、鈍色の鉄で大地に向けてその炎を吹き出す口を広げている。
「駆動用電池始動」
「Battery activation.」
久遠と美佳の合図とともに、そのエンジンの先から大地に向けて炎が吹き出す。
それはまだロケットとっては種火のようだ。ロケットを飛ばすにはまだ少々心もとない炎が円錐形のエンジンから吹き出す。
「全システム準備完了」
だが久遠はそのロケットの炎を内に取り込んだかのように目を輝かせる。
「All system is ready.」
その横では同じ光景に魅入られ、一瞬手を止めそうになった美佳が珍しく慌てた様子で情報端末に指を走らせる。
「十、九、八――」
秒読みは既に十秒を切っていた。
「六、五――」
「メインエンジン点火」
「Mainengine ignition.」
エンジンから吹き出す炎が一気に勢いを増した。それと同時にロケット全体が震えだす。
「三、二、一――」
「ゼロ!」
機械的な秒読みに合わせ、久遠が己の力を分け与えるかのように最後のカウントを読み上げる。
その一瞬後――
エンジン部を拡大表示していたモニタ全体が、一瞬で炎に覆われ真っ白になった。
「――ッ!」
久遠と美佳がその光景に同時に息を呑む。
巨大な鉄のかたまりを高軌道の宇宙まで運ぶロケットエンジンの炎。それはモニタ全体にハレーションを起こさせた。そしてその白い光の幕が収まった後も、炎は力強く今から離れる大地に向かって噴き出していく。
エンジンを大写しにしていたモニタの中で、そのエンジンがふわりと浮いた。
「SRB点火! リフトオフ!」
その光景に一瞬で我に帰った久遠が、声を張り裂けんばかりに叫び、
「SRB ignition! Lift off!」
後に続いた美佳も声の限りに歓声めいた叫び声を上げる。
そしてすぐにモニタの上部からロケットのエンジン部が画面外へと消えていく。
モニタがロケット全体を映し出す視点に切り替わった。
キグルミオンのアクトスーツすら内に収めたロケットが、炎を吹き出し空に向かって打ち上がっていく。
長い円筒状のロケット。その下部を光と水蒸気で隠しながら、それは確かに空に向かって打ち上がっていく。
空へ空へと上がっていくロケット――
重力に負けじと空に上がっていくロケットを、モニタ越しで見つめるキグルミオンのキャラスーツの中のヒトミ。
ヒトミは空に上がっていくロケットをただただ無言で見つめ、
「……」
そして重力に任せるがままに一筋だけつっと涙を落とした。
改訂 2025.08.30