九、森羅万象! キグルミオン! 13
「ええっ! 聞いてないですよ!」
ヒトミはロケットの先端で大声を上げた抗議した。ロケットを支える二本の鉄塔。その一方から伸びた鉄橋の上でヒトミはキグルミオンのキャラスーツの中から声を荒げる。
ヒトミは今まさにロケットの先端の有人用STVに乗り込むところだった。その入り口のドアの左右に手をかけ、何故かその場で踏ん張って中に入るのを拒否している。
キグルミオンのキャラスーツの背中には宇宙服につけられているような四角い装置が背負われている。酸素供給などの宇宙空間での生命維持装置らしい。そこから伸び出たチューブがキグルミオンのキャラスーツのチャックの向こうに消えていた。
「何がだ?」
その後ろから全身宇宙服に身を包んだ坂東のこちらは力んだ声がする。
同じく宇宙空間用の生命維持装置を背負い、キグルミオン並みにずんぐりとした姿になった坂東。その動きづらそうな装備で坂東は入り口で踏みとどまるヒトミのその背中を押しているところだった。
「だって! だって! 私が今から二番機で発射準備に入ったら! 一番機の打ち上げが見られないじゃないですか!」
「当たり前だ! 異常なほど連続して二機を打ち上げるんだ! ゆっくりと他機の打ち上げなど、見てる場合か!」
「嫌だ! 見たい! せっかくここまでわくわくさせておいて! 打ち上げお預けなんてあんまりです!」
「こんな近くで打ち上げ機の作業をしてるだけでも非常事態だからこそだ! のんびり見学なんてしてられるか!」
坂東が背中を強引に押し、ヒトミが両手で踏ん張って抵抗した。
その後ろをライオンや馬のヌイグルミ達が楽しげに小首をかしげて見守っていた。
「打ち上げが! メインイベントが! 壮大な宇宙ショーが!」
「いいから、今からお前が打ち上げだろ!」
背中を手で押すだけではだめらしい。そのことを悟ったのか坂東が今度は足の裏を向けて上げ、キグルミオンの背中を足で押した。
「ああ! 部下の背中を足蹴に!」
「知るか! さっさと乗れ!」
「うひょう!」
最後は奇声を上げてヒトミはSTVの中に強引に押し込まれてしまう。
「たく……」
ヒトミに続いてため息まじりに坂東がSTVに足を踏み入れた。だがそこは大型がされているとはいえ極力までに無駄を排除した有人宇宙船の船内。無駄なスペースなど一分もない。
先に転ぶように入ったヒトミが入り口を塞ぐように手をついている。その着ぐるみの体を乱暴に押しのけるように坂東は己の席にお尻を向けた。
「扱いがひどいです!」
「お前がもたもたしてるからだ」
坂東はヒトミにかまわず席に腰を降ろした。坂東は席に座ると同時に目の前の計器類にスイッチを入れ始める。
「ぶーぶー」
ヒトミもあきらめたのかようやく自身の席に腰を向ける。
二人がイスに座ったと見る入り口前で待機していたヌイグルミオン達が、わらわらと我も我もと入ってくる。狭い入り口でわざとらしいまでに互い押し合いへし合いしながら入ってくるヌイグルミ達。最後はポンとはじけ出ながら入り口から狭い船内に入ってきた。
「不平は宇宙怪獣に言え」
入ってきたヌイグルミ達が坂東とヒトミの体にまとわりついた。ヌイグルミオン達は二人の安全確保をしているようだ。きびきびとした動作で坂東の宇宙服と、ヒトミのキャラスーツを座席のベルトに固定していく。
「打ち上げ見たかったな……」
ヒトミがヌイグルミオンに身を任せながら未練がましくつぶやく。
「……」
坂東はヒトミに応えず、黙々と計器類の確認に手と視線を走らせる。
「かっこいいんだろうな……」
「……」
「感動するんだろうな……」
「……」
「宇宙のロマンを――」
「分かった! 分かった! 宇宙怪獣を倒したら、今度は『宇宙怪獣対策機構』の社会見学か何かで連れてきてやる!」
根負けしたのか、坂東が突然己のヒザを叩いてヒトミのつぶやきを中断させる。
「ホントですか?」
ヒトミは一瞬で機嫌を直し、狭い船内でキャラスーツの大きな頭を勢いよくで振り向かせた。
その動きにまとわりついて最後の確認をしていたらしきヌイグルミオン達が楽しげに逃げ回る。
「本当だ! 宇宙怪獣を全部倒して平和になったら、俺が連れてきてやる! それぐらいはご褒美だ! 何とかなるだろ」
「やったー!」
「あはは、ヒトミちゃん。よかったわね。でも今は、モニタ越しで我慢してね」
はしゃいでその場で席に着いたまま浮き上がるように喜ぶヒトミ。そのヒトミの頭上から久遠の声が聞こえてくる。
「『モニタ越し』?」
久遠の声にヒトミが船内の天井に付近につけられたモニタに目を向ける。
久遠は音声だけ船内で再生されたようだ。モニタには久遠の姿はなく、南の島の岬が大写しになっていた。
「一番機。MLにより第一射場に到着。キグルミオンが――」
島の緑と汀の白砂、そして海と空の青に囲まれロケットが立っていた。
「宇宙に行くわよ!」
久遠の声はどこかその真っ直ぐ伸びたロケットそのもののように誇らしげに告げられた。
改訂 2025.08.29