九、森羅万象! キグルミオン! 12
ロケットをすっぽりと覆う建物の壁の一部が音を立てて開いていった。
壁としか思えないほど巨大なそれは実際はロケット搬出搬入用の扉だった。高さはもちろん横幅も建物の半分ほどある。二枚の引き戸がどちらか一方だけ全開にできる構造のようだ。
そのそれぞれの扉の前に搬出を待つ二台のロケットが並ぶ。ロケットはそれぞれ複数のタイヤのついた巨大な台に乗せられており、その扉からそのまま外に移動できるのが見て取れた。
キグルミオンのアクトスーツをおさめたロケットと、ヒトミ達を運ぶ予定のロケットが移動でき台に乗せられている。その内の一つキグルミオン用のロケットの背後で扉がゆっくりと開いていく。それと同時にもう一方のロケットの先端にもSTVと呼ばれる有人用の宇宙補給機がクレーンで運ばれていく。
すべての作業が大掛かりでありながら緻密であり、大胆でありながら繊細に行われていた。巨大な扉はゆっくりとだがぶれることのない一定の速度で開いていく。有人用STVはロケットの先端まで一気に引き上げられていながら、取り付け部まで到達すると柔らかに減速する。
有人用STVがロケットの先端に慎重に載せられようとしていた。壁際の制御室の中ではコアラのヌイグルミオン――ユカリスキーが楽しげにレバーを操作しているのが見える。
そしてこちらはウサギやトラの姿をしたヌイグルミ達が、少々ぶかぶかのヘルメットをかぶってロケットの先端で待っていた。赤い光を放つ誘導棒を手にヌイグルミオン達がロケットの先端でSTVを手招きする。
巨大な一枚扉は今まさに開ききらんと緩やかに減速し、有人STVは柔らかにロケットの先端に着地した。
「……」
ヒトミは最初こそ素っ頓狂な声をあげてそれらの様子を見守ったが、最後はキグルミオンの中で声も失ってしまったようだ。
「どう? ヒトミちゃん? ロケットすら出し入れできる世界一の一枚扉は? 迫力が違うでしょ?」
猫の着ぐるみの目を輝かせてただただ呆然と見上げるヒトミに、久遠がウインクをしながら訊いてくる。
「すごいです! すごいです! すごいです!」
ヒトミがその場で飛び跳ねる。
ヒトミが飛び跳ねる内にVABの扉が完全に開きった。人口の光だけでまかなっていた大型ロケット組み立て棟の室内に、南の島らしい陽光が差し込む。その扉の向こうにどこまでも澄んだ青い空が広がる。今やその空には先ほどまで轟音を立てて飛んでいたマルチロールファイターの姿もない。
「でしょ? でもすごいのはこれからよ。美佳ちゃん、お願い!」
その陽の光に目を細めながら久遠が離れたところにいた美佳に呼びかける。美佳は有人STV用ロケットの下で多数のヌイグルミオンに指示を出しているようだった。
遠目に美佳が小さくうなづくのが見えた。そしてその手の中の情報端末に指を走らせるのも見える。
それと同時に軽い振動とともに何かのモーター音が建物内に響き渡った。
「うお!」
ヒトミが突然のその音に驚きの声を上げる。
「ふふん、MLよ。大型ロケット移動発射台。LP―1――第一射点までロケットを運んでくれるわ。ではこれよりキグルミオン用のロケットを一番機。有人用のロケットを二番機と呼称します。では一番機、移動開始!」
久遠の合図とともに一番機と呼ばれたキグルミオンのアクトスーツを乗せたロケットがゆっくりと水平に動き出す。ロケットを垂直に立たせたまま、大型ロケット移動発射台が徐々にVAB――大型ロケット組み立て棟から外へ移動していく。
扉が開ききってもなお落ちいていた屋根からの影をぬっと突き抜け、その天を突く巨大なロケットが陽光の下へとその姿をさらした。
今から目指す天に向かって突き刺すように、そのロケットはまっすぐと空に向かって伸びている。それでいながら倒れることもなく水平に移動し今は海辺に向かって横に移動していく。
安全確認の為にか何体のヌイグルミオン達がその周りを走ってついていった。
「ほぉえぇぇっ! 私もついていくです!」
その様子にヒトミが思わず走り出すと、
「ついていける分けないだろ! 早くこっちにこい!」
坂東にそのキャラスーツの背中をむんずとつかまれた。
改訂 2025.08.29