九、森羅万象! キグルミオン! 7
「うひゃあっ!」
己のお尻の向こうで響き渡った爆音に驚き、ヒトミが素っ頓狂な悲鳴を上げる。キグルミオンには少々小さかったSTVの搬入路。そこにヒトミは四つん這いになってくぐり抜ける途中だった。
丁度ぐにっと押し込んだ顔がポンと四角い入り口を突き出た時にその爆音は響き渡った。
「いたっ!」
ヒトミは驚きと衝撃に入り口にキグルミオンの体で前につんのめってしまう。
「この衝撃! 空対地ミサイルか? ついに撃ってきたか!」
反射的に久遠と美佳に飛びかかり床に身を伏せた坂東。久遠と美佳の華奢な体を、衝撃と落下物から守らんとその広い肩を覆いかぶせてていた。
その坂東を暗い陰が覆う。坂東と同時にその更に背中に覆い被さっていた大量のヌイグルミオン達だ。
ヌイグルミオン達は皆が坂東の後の続き、こんもりと山を作って完全にその坂東達の姿を己の柔らかな体で覆い隠してしまっていた。
坂東の上に一体残らず覆い被さり山となったヌイグルミオン。そのフワフワでモコモコのヌイグルミの山が内側からごそっと揺れて崩れる。
「第二攻撃はないか……着弾点も遠い……警告射撃のつもりか……」
大量のヌイグルミの中から坂東がその巨体の上に険しい顔を乗せて身を起こす。
「あいたた……背中打ちました……」
その横から背中を押さえた久遠がこちらも身を起こした。
「ヌイグルミオンがフワフワでモコモコでなかったら……危ないところだった……」
遅れてヌイグルミの山から顔だけ突き出した美佳が、わざとらしい真剣な顔でつぶやく。美佳はそのまま一番近くに居たヌイグルミオンの一体の頭を撫で、反対側の一体を己の胸元に優しく抱き寄せる。
「二人とも無事だな。仲埜! そっちはどうだ?」
「無事です! 鼻ぶつけましたけど!」
坂東に呼びかけられキグルミオンの巨体が手を着いて上体を上げた。
「そうか! 早く入って来い! 俺は外の様子を確認する! 久遠くん達と発射の準備を初めておけ!」
坂東はヌイグルミオンの山を飛び出すと入り口へと走り出す。
その坂東に弾き跳ばされる形になったヌイグルミオン達が嬉しげに空を舞った。
「隊長……この状況を……ウチの両親先生に送っておく……」
「そうか、頼む! それと、須藤くん! ヌイグルミオンを二人に分けてつけろ! 何かあったら守ってもらえ!」
坂東が走りながら振り返り山を崩し出したヌイグルミオン達を指差す。
「元よりそのつもり……」
「隊長もお気をつけて!」
坂東に応えながら、美佳と久遠はそれぞれに身を起こしてこちらも駆け出した。
「隊長! 危ないですよ! 私が盾になりましょうか?」
屋内に這いながら入って来たヒトミは、キグルミオンの身で立ち上がりながらこちらに駆け寄る坂東を見下ろす。そのキグルミオンの巨体でもこの施設の天井は遥か上だった。
「心配するな! 今は時間が惜しい! 準備に専念しろ!」
坂東はそう答えると外からは見えない位置で入り口の壁に背中を預けた。坂東は懐から小型の情報端末を取り出し、そのカメラの着いた上端部分だけをそっと外に突き出す。自身の身は外にさらさずに、坂東はそのカメラで外の様子をモニタに写し出させた。
「着弾点不明……地上に煙の上がっているところがないとなると、海中にミサイルを撃ち込んだか……連中もそこまで無理はせんわな……上陸部隊もなし……上陸の援護射撃という訳ではないか……やはり警告射撃……だが……」
坂東はそこまでつぶやくと空にカメラを向ける。
「俺達の邪魔をしていたのは、マルチロール機……確かに地上攻撃もできるが、あの時点での武装はドッグファイト用だったはず……無理を承知で空対空ミサイルを海に打ち込んだか? いや……」
坂東は情報端末を引っ込めると顔だけ外に突き出した。そして空を険しい表情で見上げる。
「別の空対地ミサイル搭載機が居る……そういうことか……」
坂東の目が更に険しく細められた。坂東は差し込む南の島の陽光に負けじと空をじっと見つめる。
小さな点が幾つか空から急速に降りてきていた。
「……やはり別の機体が居るな……おそらくは今主流の第七世代マルチロール機……開発国しかまだ持てない最新鋭機ではなく、その一つ前の機体を運営する国の機体……つまり――」
坂東は視線は射抜かんばかりに鋭くなる。それはこちらに急降下を仕掛けてくる機体に視線で応射しようとしたかのようだ。
「航空自衛隊……どうやら、本当に追い詰められて来たな……」
坂東はその機体の横につけられた国籍マークがまるで見えたかのようにつぶやいた。
改訂 2025.08.27