九、森羅万象! キグルミオン! 5
巨大な猫の着ぐるみが空を舞った。南の島の陽光を背に受け、清涼な空気を切り裂いて、そのフワフワでモコモコの体が宙に投げ出される。
ティルトローター機からつるされたロープでブランコよろしく中空に飛び出したキグルミオン。前方に一際大きく漕いだ最後の勢いで上空に飛び出したその巨体で、ふわりと浮いた重力と運動エネルギーの均衡がとれた瞬間にヒトミはくるりと身を丸める。
「とう!」
前に単純に飛び出しては上体をそらしてかかとから落下する為、着地点の確認ができない。そう判断したのかヒトミは気合いとともに丸めた体で前方に一回転する。再び体を伸ばした時にはその身は上体が前に傾き、両手を拡げてバランスをとり着地点を下に見ながら落下していく。
「着地!」
ヒトミは人影のない白砂の砂浜に着地した。ヒザを着地の瞬間に柔らかに折り曲げその衝撃を砂地と己の身の屈伸で受け止める。
だがヒトミ自身は柔らかに着地してもキグルミオンの体そのものは巨体。ヒトミの着地に合わせて地響きを上げて大地が軽く揺れる。そしてヒトミの着地点を中心に南の島の白砂が円を描いて周囲にまき散らされた。
「隊長! どうですか? 着地、決まりましたよ!」
ヒトミは海辺で立ち上がると上空を見上げる。
二機のティルとローター機は残ったロープを切り離しているところだった。キグルミオンの到着を阻止していた三機の攻撃機は旋回を止め、体勢を整える為にか上空に離れていっていた。
「見ていたぞ! よくやった! だが、この高さで無事に着地できたのは、キグルミオンのお陰だということを忘れるな! 生身での危険な落下には、五点着地が有効だ!」
ヒトミの耳元で坂東の興奮気味の音声が再生される。坂東は機内で動き回っているようだ。音声には荒い息と衣擦れの音と、坂東の拍車つきのブーツが鳴るカチャカチャとした金属音が微かに混じっていた。
「ごてん――何ですって?」
「五接地転回法のことだ! 全身の五ヶ所を使って着地することで、普通なら怪我をするような高さから落ちても無傷で済ます技術だな! 十分な減速がうまくいかなった時のパシュート降下の着地でも使うぞ!」
「何か危険な匂いがしますけど!」
「そうだ! 十分な訓練が必要だ! ま、今からやらざるを得ないがな!」
坂東の音声内に拍車とは異なる金属音が鳴り響く。それはヘリのドアを開けた音だったようだ。ヒトミが見上げるティルトローター機のドアが開いたのが、地上からでもわずかばかりに見える。
「隊長! その体で無茶を!」
二人の会話を聞いていたのか久遠の音声が不意に割って入る。その声は驚きに切羽詰まったようにひっくり返る寸前だった。
「大丈夫だ、久遠くん! ティルトローターは退避を! 皆の協力を感謝する! お前ら、いくぞ!」
坂東のその言葉は最後は風に巻かれる雑音に紛れていった。坂東がパラシュート降下には決して満足な高さとは言えないティルトローター機から飛び降りたようだ。
その証拠にヒトミのキグルミオンのキャラスーツの中に風を切る音が響き始め、上空ではティルトローター機から小さな人影が躍り出てくる。
坂東らしき人影に続いて更に小さな影が落ちてくる。こちらの影は人影と言い切るには、突き出た耳や伸び出た尻尾が邪魔だった。坂東に続いて同乗していたらしきヌイグルミオン達だ。
坂東はティルトローター機から充分に距離をとったと見たのかパラシュートを展開した。その身がぐんと減速する。だが決して高度を稼げた位置から落下していない為、坂東は速度を落としながらも見る見ると地上に近づいてくる。
ヒトミが落下を見守る中その姿が確認できるところまで落下してくる坂東。その明らかに軍事用と思しき色合いのパラシュートの向こうで、色とりどりの小さなパラシュートが花開いていた。
坂東に続いてウサギやライオンのヌイグルミ達が、足を曲げたりぶらぶらと全身を揺らしながら華やかなパラシュートで降りてくる。その背中には小さな遠足用にしか見えないリュックサックを背負っていた。そのリュックサックのフタが開いてパラシュートが伸び出ている。
楽しげなヌイグルミオン達を従えて、真剣な顔をした坂東が白砂の汀に落ちてくる。
「隊長!」
その見るからに充分減速できていない速度に、ヒトミが思わずか声を荒げた。
「――ッ!」
ヒトミの目の前で坂東が両足のつま先から地面に着地した。坂東のヒザがその落下の勢いも相まってまるで衝撃で折れたかのように曲がる。
だが実際は坂東自身の意思ではヒザを曲げたようだ。奇麗に両足揃って曲がっていくヒザは、力の抜けた柔らかな動きで折られていく。
同時に坂東は全身を後ろに傾けた。坂東はヒザを折り切るとお尻から砂地に転がすように着地していく。お尻、背中、肩と次々に砂地に着いていく坂東の体。最後は足を空に向けて投げ出した。坂東は最後はその後ろ向けの回転の勢いですくっと立ち上がる。
立ち上がった坂東は、被さってくるパラシュートの傘を身から払いながら、平然とキグルミオンを見上げる。
その周りで坂東の真似をしてヌイグルミオンが転がるように着地する。だが元より真面目にやる気がないのか、それぞれがただ楽しげに前後左右にバラバラに転がっていく。
「隊長! 無茶ですよ! この高さでパラシュート落下なんて!」
ヒトミが坂東に駆け寄る。
坂東の周りでは己のパシュートに覆われたヌイグルミオン達が、どこか嬉しげにもぞもぞとその下で動いていた。
「大丈夫だ! 今のが五接地転回法だ! 今度教えてやろう! 敵に追い詰められても、三階の窓ぐらいからなら、生身で飛び降りて無傷で生還きるようになるぞ!」
坂東が浜辺から陸地に向かって身をひるがえすと、その周りで色とりどりのパラシュートがはね上げられた。
「そんな状況、元よりなりません!」
空に舞い上がる華やかなパラシュートの傘。その下から現れたヌイグルミオン達を従えてヒトミは坂東の背中を慌てて追って駆け出した。
改訂 2025.08.27