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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
九、森羅万象! キグルミオン!
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九、森羅万象! キグルミオン! 2

「美佳ちゃん。そっちに動きは?」

 白衣に包まれた腕を(おど)らせて実戦物理学者――桐山久遠(きりやまくおん)が情報端末に数値を入力していく。

 モバイル管制すら可能にする現在の打ち上げ技術。それでも久遠が打ち込む情報量は膨大(ぼうだい)のようだ。情報端末の中で浮かぶ数値と数列は、現れる(はし)から新しく入力される情報に押し出されるように消えていく。

「動きなし……」

 『宇宙怪獣対策機構』の政治的アルバイトオペレータ――須藤美佳(すどうみか)がポツリとつぶやく。久遠に振り向く(わけ)でもなく、美佳は自分に割り当てられた机に座ったまま答えた。

 その情報端末にぼぉっと照らし出される顔を胸に抱いたコアラのヌイグルミ――ヌイグルミオンのユカリスキーが顔を上げてのぞき込む。

「そう……隊長達は?」

「隊長達は無事航行中……だけど、刑部氏からの情報によると、某国が無人偵察機を飛ばしてるとのこと……」

 美佳は手元の情報端末に地図を表示させた。その地図の中に三角に先導された直線が表示される。それはゆっくりと宇宙センターに向けて伸びていく。

「『某国』? ぼかす必要もないでしょうに。まあ、ステルス機の無人偵察機。飛んでるのが分かるだけでも大したものね。流石特務隊の一尉殿。情報戦はお手ものものね」

「それが、隊長が現場で感づいたらしく……そっちにヒトミがにらみ聞かせてるらしい……」

「『感づいた』? ステルス機を? 我が隊長ながら、恐ろしいわね……まあ、いると当て込んでのことでしょうけど……」

「隊長達の到着まで後十数分……スクランブルなどがあるなら……タイミングは今……」

「あると思う?」

「あると思う……その前に打ち上げ許可が、欲しいところ……」

 美佳がやはり振り向かずに情報端末にぼんやりと顔を照らされるがままにのぞき込むと、

「――ッ! 言ってる側から――来た!」

 その端末が警戒のアラーム音とともに赤い警戒色を発光する。

 それと同時に美佳が珍しく気色(けしき)ばんで立ち上がる。その頬の赤らみは警戒色に照らされているせいだけではなく、あってはいけないことに対しての義憤(ぎふん)のせいでもあるようだ。

「どっち?」

 久遠も音を立ててイスから立ち上がる。そのまま美佳に振り返りその肩を押さえて情報端末をのぞき込んだ。

 そこには宇宙センターよりも更に南の島から伸びる直線。それを描画した地図が表示されている。

「残念……スクランブル発進の方……刑部氏からの情報……戦闘機がこっちに向かってくるとのこと……」

 地図の上の直線は複数の三角のマークに先導され、真っ直ぐと宇宙センターに向かって伸びていく。それはこちらに向かうキグルミオンを、同じように表している直線とは比べ物にならない速度で近づいてくる。

「く……さすがに戦闘機ね……速いわ……」

 久遠がほぞを()んだようにうめく。

「これもステルス性が高いから……多分このコースを通ってるだろうってぐらいだけど……」

「音速越えで、真っ直ぐ線を引いてるって訳ね?」

「その通り……」

「美佳ちゃん……ロケットの組み立ては?」

 美佳の肩をつかんだままだった久遠はその手に更に力を入れる。

「キグルミオンの積み込み以外の全ての作業が、後数分で終了予定……」

「そう……ここを攻撃するとは思えないけど……作業のなくなった人から、センターの人には避難してもらって。最悪の場合、キグルミオンの積み込みと、ペイロード搭載は私達だけでやるわよ」

「いくらモバイル管制だからって……そこまで……」

「やるしかないわ……」

 久遠はようやく美佳の肩に置いていた手を下ろす。そして(おのれ)の決意を現す為にかその腕を胸の前で組んだ。

「むむ……ユカリスキー……」

 美佳が胸元に(いだ)いたユカリスキーの顔をのぞき込む。

 ユカリスキーがそんな美佳の顔を無言で見上げた。ユカリスキーはまるで思案するかのように美佳の顔を見た後、体をよじって一度情報端末をのぞき込む。

 そしてもう一度美佳の顔を見上げると何度もうなづいた。

「むむ! よし! 全ヌイグルミオン、緊急お勉強会! 教科はペイロード積込み及び、搭載(とうさい)シークエンス! 教科書開け!」

 美佳がそう叫び上げると情報端末の中に無数の動物の顔が表示された。その一体一体がヌイグルミオンの顔であり、皆がそれぞれに違う(ふち)と形をした眼鏡をかけている。だがその眼鏡の分厚さを表現する為か、レンズに渦巻きが描かれているのは共通していた。その眼鏡がキラリと一斉に光る。

「博士……これでティルトローター機にいるヌイグルミオン達は、到着までに段取りを覚えてくれる……」

「そう、ありがとう……」

「攻撃機がスクランブル発進してきてる中……本当に打ち上げるの……」

「元よりキグルミオンだけ単独で先に上げる予定……最悪撃ち落とされても、私達自身は乗ってない……頭上に落ちて来たら、さすがにごめんなさいだけど……」

「撃ち落とされたら、もうキグルミオンを空に上げられない……そっちの方も心配……」

 久遠の言い様に美佳がクスリと笑って続ける。

「私達は私達に今できることをするだけよ……」

「後は、運を天に任せる……」

「いいえ、違うわ美佳ちゃん……」

 久遠は腕組みを()き、もう一度美佳の肩に手を置いた。今度は力の抜けた優しいつかみ方だった。

「博士……」

 こちらを見上げる美佳に微笑(ほほえ)み、久遠はふっと息を()らして天井を見上げる。

 もちろん見たかったのは天井ではなくその向こう――

「運命を天空につかみに行くのよ……」

 久遠は両の手の(こぶし)をぐっと握り締め、見えるはずもない宇宙に向かって力強くつぶやいた。

改訂 2025.08.26

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