一、鎧袖一触! キグルミオン! 11
「これは……まさか……」
ヒトミが着ぐるみの胸元を、そののぞき穴越しに見下ろした。
そこには何かガラスのようなものがはめ込まれており、激しいまでの明滅を繰り返し始めていた。
「もしかして、このキグルミオン! 三分しか戦えないんですか?」
「違うわ、ヒトミちゃん」
ヒトミの耳元で冷静な久遠の声が再生された。
「だって胸のカラーなタイマーらしきものが、光り始めてますけど!」
冷静な久遠とは対照的に、ヒトミが慌てたように周囲を見回した。
宇宙怪獣がそんなヒトミに勝機を見いだしたのか、更なる突進を仕掛けてくる。
「この!」
ヒトミがその突進を受け止め、蹴りを入れてまた相手を引き離した。
距離を取ったヒトミは、そのまま逆に突進をして両足の裏を見せたとび蹴りを宇宙怪獣に食らわす。
宇宙怪獣がまたもビルをなぎ押しながら転がって行った。
キグルミオンも地響きを上げて脇から大地に落ちる。
「ヒトミちゃん。それはカラーはカラーでも、〝グルーミオン〟の色荷――つまりカラーチャージを測る為のものよ。『量子色力学』っていってね、グルーオンが持つ特徴の一つを色で考えるの。本来『パウリの排他原理』に反するクォークの量子スピン――」
「分かりません! とにかく、戦えるんですね? まだ!」
ヒトミは立ち上がるついでに後ろに飛びずさり、宇宙怪獣と更なる距離を取って身構えた。
「そうよ! でも、いつまでも戦えないでしょ? そろそろ止めに入りましょう! 美佳ちゃん!」
「ふふん……スペース・スパイラル・スプリング8――通信良好……ついに、アレを使う時がきた……」
美佳の鼻息の荒い、とても楽しげな含み笑いがヒトミの耳元で再生された。
「えっ? それって有名な人工衛星ですよね!? 何の関係が?」
「スペース・スパイラル・スプリング8――略してSSS8よ! 人類の叡智を集めた人工衛星加速器! 今から三十秒後に、この上空にやってくるわ!」
「それで?」
ゆっくりと立ち上がる宇宙怪獣。それをヒトミは油断なく見つめながら話の先をうながした。
「SSS8は人類史上まれに見る超大型粒子加速器よ。出力が大き過ぎるから、宇宙に浮かべてあるの。通常の円形加速器が輪を描いて一回転しているのに対し、SSS8はその名の通り螺旋を描いて一回転をしているわ! 言わばバネで作ったドーナツね。強引にビームを曲げられてそのスパイラルを進む粒子は、それ故に通常の加速器より複雑に制御され多くの距離を進むことができるの。これにより、衝突径数も高く粒子を連続衝突せさ――」
「SSS8到着……同時に『エキゾチック・ハドロン』発射確認…… 目標――キグルミオン!」
「ああ! 美佳ちゃん! 最後まで説明させて!」
「それより! 『目標キグルミオン』って――何ですか? 危なくないんですか!」
「ヒトミちゃん。エキゾチック・ハドロンの方を訊いて! エキゾチック・ハドロンってのはね――」
「もう、いいです!」
宇宙怪獣が三度キグルミオンに向かってくる。
それをまともに正面から待ち構えるキグルミオン。
そのキグルミオンに一条の閃光が降り注いだ。
その光は天からキグルミオンを貫くかのように、真っ直ぐ地上に伸びきた。
「――ッ! 光ってる? キグルミオンが光ってる!」
そしてその光を受けたキグルミオンが内から輝きだす。
内なる輝きがあふれ出したかのように、キグルミオンの両手の中で稲妻めいた閃光が放出され始めた。
「それがエキゾチック・ハドロンのもたらす力よ! 内に過剰なクォークを持つそれは、グルーオンの塊であるキグルミオンと出会うことで――」
「光線が出せる……」
「美佳ちゃん! はしょりすぎよ!」
宇宙怪獣が迫りくる。
「こうですか!」
ヒトミが本能のおもむくままにか、
「『クォーク・グルーオン・プラズマ』!」
その名を叫びながら閃光を放ち続ける両手を前に突き出した。
「――ッ!」
眼球そのものを焼くかのように熱い閃光を放ちながら、キグルミオンの両手から稲妻状の光がほとばしる。
もはや眼前にまで迫りきていた宇宙怪獣が、その閃光に吹き飛ばされた。
宙舞うその巨体。その凶暴な肉体が、内から焼かれるかのように方々が膨らんでいく。
もはやどうしようもないようだ。
ゴォォォオオオオォォォォォッ……
宇宙怪獣が断末魔のような雄叫びを上げた。
そして――
「ほえええぇぇぇ……」
少々間抜けた感嘆の声を挙げるヒトミの目の前で、内から爆発四散した。
改訂 2025.07.29