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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
九、森羅万象! キグルミオン!
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九、森羅万象! キグルミオン! 1

九、森羅万象! キグルミオン!


 ()いだ海の上をいく二機のティルトローター機。それぞれの両翼の先端についた二枚の巨大な羽が(うな)りを上げていた。

 離着陸時には上方を向き飛行時には先端を向くそれは、今はどん欲に前に進まんとそのアンバランスなまでに大きな羽を前方に向けて回していた。

 凪いだ海でもそれなりに波は立つ。二機のティルトローター機が落とす影がその波間に()れながらひたすら南西に向かっていた。

 ティルトローター機の間にはもう一つの影が水面に落とされていた。

 二機のティルトローター機につるされて猫の巨大な着ぐるみが宙に浮いている。

 軍用機然としたティルトローター機につるされ輸送されるビル程の大きさのある猫の着ぐるみ。それはいつも変わらないにこやかな笑みを顔に浮かべて自身の身を(ちゅう)に浮かべている。

 肩に回した太いロープががっしりと身に食い込むようにその身を支え、猫の着ぐるみ――キグルミオンが先に民間空港に運ばれた時のように輸送されていた。

 キグルミオンの手足はつるされるがままにぶら下がっている。だが時折(ひま)を持て(あま)すようにその足がぶらぶらと()らされた。

「こら! 大人しくしてろ!」

 ティルトローターの一つから(するど)い男の一喝(いっかつ)が鳴り響く。実際は通信越しの叱責(しっせき)だったようだ。猫の着ぐるみは耳元で大声を再生されたらしく、大げさに何故か人間の耳の位置ではなく猫の耳の部分を痛そうに押さえた。

「だって、退屈なんですよ!」

 猫の着ぐるみが抗議に顔を見上げた。

「大人しくしてろと言ってる!」

 その様子に更に男の声が(かぶ)せられる。

「ぶーぶー」

 猫の着ぐるみは大人しく手足を()らし口だけで抗議の声を上げる。もちろん抗議の声を上げたのはキグルミオンの中の人――仲野瞳(なかのひとみ)だ。

「ぶーぶー。ぶーぶー」

 ヒトミはまだ不平不満たらたらなのか、キグルミオンのキャラスーツの中でしばらくぶーぶーと続ける。

「猫じゃなかったのか? いつからブタになった?」

 そのヒトミの頭上に失笑まじりの声が再生される。宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――坂東士朗(ばんどうしろう)(あき)れ声だ。

「ブタの着ぐるみを用意してくれたら、ブタにだってなりきってみせますよ」

「ブタのデザインを、あの博士が許してくれるのならな」

 二人の軽口を余所に二機のティルトローター機の重厚な機体は()み渡った空をいく。左右に広がるのは()き出た半島の緑の大地だ。海面の切れ込んだ内海のような大きな湾の中央をローター機は悠然(ゆうぜん)と飛んでいく。

「そもそも私、中に入ってる必要あったんですか?」

「万が一空輸中に海に落ちたらどうする?」

「どうするって……落ちるんですか?」

「普通は落ちんな。だが落ちれば、無人のキグルミオンでは沈むだけだ」

「万が一落ちたら私泳ぐプランでした? まあ、島育ちですし! 私が中に入ってれば、泳ぎますけど! 泳ぎますけどね!」

 キグルミオンが驚いた様子でティルトローター機を見上げる。

「だろ。ほら、動くなと言ってる。本当にロープが切れて、海を泳ぐ羽目(はめ)になるぞ」

「こんな丈夫なロープが、切れるとは思えないです。心配しすぎです」

「ロープは切れんな……」

「ロープが切れないなら、何を心配してるんですか?」

「機体ごと落とされることだな」

「なっ……」

「輸送中に攻撃機で(ねら)われてはひとたまりもない。これはあくまで通常の輸送。支援機などつける訳にはいかないからな」

「どこが攻撃してくるって、言うんですか?」

「どこだろうな……まあ、どこにしろ安心しろ……襲ってくるならおそらく海の上ではなく、陸上だ。鹵獲(ろかく)目標のキグルミオンが海に落ちては、奴らも一苦労だろうからな」

「安心って……ああ、だから海の上を通ってるんですね! 遠回りなのに!」

「ああ。だが丁度折り返しだな、今から西に進路を取る。揺れるぞ」

 坂東の音声とともに二機のティルトローター機が同時に進路を西に向ける。二つの半島の先端を背にしキグルミオンは外海にその身をさらした。

「仲埜……右手を見てみろ……」

 外海に出てすぐ坂東の緊張した声がキグルミオンの頭部で再生される。

「右手ですか?」

 ヒトミがその声にキグルミオンの右手を上げさせた。そのまましげしげと着ぐるみ然とした右手を見つめる。

「違う……右側のことだ……三時の方向だ……しばらくじっと見つめておけ……」

「なんだ。右ですか?」

 ヒトミがキグルミオンの顔を己の右側に向ける。

「『見つめておけ』って、海と空しか広がっていませんけど?」

 だがそこに広がっていたのは何処までも青い海と空だ。

「いや、それでいい……おそらく既に、無人機偵察機につけられている……」

「えっ?」

「ステルスタイプのな……レーダーには(うつ)らん。だが光ったような気がした。半分は俺の(かん)とあてずっぽだ。まあ、分かってるぞ――ていうハッタリだけだ……(にら)みつけておいてやれ……その大きな目なら好都合だろうよ……」

 坂東が不機嫌そうにそう()げて通信を終えると、

「ガウッ!」

 ヒトミは空中で身をよじり右手に向かって威嚇(いかく)のポーズをとってみせた。

改訂 2025.08.25

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