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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
八、気宇壮大! キグルミオン!
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八、気宇壮大! キグルミオン! 7

「夏の南の島、ご堪能(たんのう)なさってますか? 坂東一尉?」

 四角いモニタの向こうで笑みを浮かべながら、自衛隊の制服に身を(かた)めた男が軽く敬礼をしてみせた。特務隊の刑部(おさかべ)一尉だ。

 刑部は簡素な通信室の中にいるようだ。刑部の背後に配電盤が並んでいるのがその大きな体躯(たいく)(はし)にちらりと写る。

「ふん。お愛想(あいそ)の笑顔が怖いな、お前は。そっちこそどうなんだ? ウチの大事な着ぐるみヒーローを、オモチャにしてないだろうな?」

 坂東は軍用車両の座席に背中を預けながら億劫(おっくう)そうに答える。モニタは車のダッシュボードに置かれていた。いかにも配慮の少ないぞんざいな扱いをされたことが分かる角度でモニタが光を放っている。

 坂東はモニタに送った視線をそのまま横滑(よこすべ)りさせ、その向こうをチラリとうかがった。

 海際の駐車場に()められている軍用車両。坂東が一瞥(いちべつ)したモニタの向こうには海と空の青が続いていた。

 そして(かす)かに少女達の歓声の聞こえてくる。

 坂東は潮風に髪を乱れるに任せていた。海からの柔らかな空気をそのサングラスをかけた(ほほ)で受け止める。

「大事にお預かりしてますよ。もちろんまったく手を出していないとは、そちらも信じてはいないでしょうけど?」

「ふん。多少なら好きにしろ。だが、壊すなよ」

「分かりました。ですが一緒にお預かりしているヌイグルミ達は、女性自衛官に追いかけ回されてますよ。こちらは保証しかねますね」

 モニタの中の刑部は敬礼を()かずに答えた。

「そうか……で、いつまでやってるつもりだ?」

「上官の答礼がまだですので」

 刑部はこれ見よがしに右手を前に出し自慢げな笑みまで浮かべる。

「たく……」

 坂東は(あき)れたようにつぶやくと、自身も軽く右手を(ひたい)にあててから降ろした。

「上官の答礼を終わるの待って(おのれ)の敬礼を解く。身に染み付いてます」

 刑部がようやく右手を降ろした。

「だから、俺はもう一尉でもなければ、上官でもない。今やお前も一尉だろ?」

「ずっとあなたは私の上官ですよ。私が三尉のころは、あなたは一尉でしたしね。で、何故でしょう? 何故あなたはそれ程出世が早かったのでしょう?」

「それは前にも答えたが?」

「そうですね。〝救援活動中の(いちじる)しい活躍と名誉の負傷〟でしたね」

 刑部は無邪気な笑みを浮かべる。

「ふん」

 坂東がふて(くさ)れたように座席を倒し、足をダッシュボードに投げ出した。モニタのすぐ脇に坂東の両足は投げ出され、その足先のブーツにつけられた拍車(はくしゃ)がカチャカチャと鳴った。

「その名誉の負傷の体で、仲埜さんのご家族に会われたとか?」

 坂東の無作法にも嫌な顔一つせず、モニタの中の刑部はその画面の端に目をやった。もちろんそれで坂東の両足が見えるはずもなく刑部は()ぐに視線を前に戻す。

「相変わらず情報が早いな。何かおかしいか?」

「いえ、別に。情報が早いのが私の仕事ですよ。ただ、その体で居間に上がられたのなら、色々と聞かれたでしょうと思いまして」

土間(どま)で話は()んだよ。スイカをご馳走になることになってな。その方が食べやすいってな。土間にタネを吐き捨てていいってやつだ。うまかったぞ」

「そうですか」

 刑部は笑みを増した。

「何を笑ってる?」

「別に。相変わらず、クールは気取れないようですね。()ぐに饒舌(じょうぜつ)になられる」

「ふん、放っとけ。で、どうだ? 宇宙怪獣は? 宇宙怪獣鏡は何か言ってこないか?」

「宇宙怪獣早期警戒探査衛星ですよ。せめてハッブル7改と呼んで下さい」

「どっちでも同じだ」

「そうですか。何も言ってきませんよ。むしろ桐山博士のお考えに従えば、それも当然だと思われます」

「何でだ?」

「聞かされてるでしょ? 桐山博士の説は?」

「聞いてる」

 坂東がバツが悪そうにモニタから顔を背けた。

「その様子では、聞いてるだけですね」

「理工学専攻のお前と一緒にするな。久遠くんの話は聞いてる。信じている。内容はよく分からんがな。俺にはそれだけだ」

「そうですか。宇宙怪獣はキグルミオンで――人の手で倒すべき。これが桐山博士の持論です。そして宇宙怪獣もそのことを〝望んでいる〟とすれば――」

「……」

「動かないキグルミオンは宇宙怪獣の興味を引きません。これこそ桐山博士の説を裏付ける――」

 刑部が何か続けようとした時、

「隊長! 何やってるんですか!」

 海の向こうから少女の元気な声が響いて来た。

 いや実際は海に突き出た(がけ)に設置されている鉄柵(てっさく)の向こうからだ。本来転落防止に内側の人間を守る(はず)の鉄柵に、外側からもたれかかってヒトミが手を振っている。

「仲埜! そこは小さくっても、崖だぞ! 危ないぞ!」

 坂東が投げ出していた足を戻し、ヒトミのその様子にサングラスの奥で眉間にシワを寄せた。

「島育ちですよ! これぐらいの崖、平気です! それよりほら! ロケット打ち上げますよ! ロケット! 早く来て下さいよ!」

 ヒトミはそれだけ一方的に()げると、その向こうが崖とは思えない勢いで身をひるがえした。そして確かにそこが崖の上だと実感させるように、ヒトミの体はあっという間に下半身から下に向かって鉄柵の向こうに消える。

「やれやれ……刑部、また後でな……」

 坂東は心底(あき)れたように一つ息を()くと、

「はい」

 刑部の再度の敬礼におざなりに答礼をしながらモニタを切った。

改訂 2025.08.22

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