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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
八、気宇壮大! キグルミオン!
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八、気宇壮大! キグルミオン! 6

「さて、ヒトミちゃん。今の私達の状況だけど――」

 東の空を(しゅ)()めて太陽が地表に昇る。

 何故か浜辺にホワイトボードと机が三つ持ち出されており、青空教室よろしく久遠が文字通り教鞭(きょうべん)をとっていた。

「説明できる?」

 まぶしい陽光を背に受けた久遠は、屋外に持ち出されていたホワイトボードを手に持ったムチで指し示した。その足下(あしもと)には教材でも入れているのか大きなバックが置かれている。

「朝早く叩き起こされて……ふわぁ……眠気(ねむけ)マナコです……」

 浜辺の砂の上に置かれた机に()()しヒトミはあくび交()じりに返事を返す。三つ並べられた机の真ん中にヒトミが座り、その両隣(りょうどなり)を美佳とユカリスキーが(はさ)んで座っていた。

「早く寝なさいって言っておいたのに、勝手に持ち込んだ花火なんてしてるからでしょ」

「だって、夏の南の島ですよ! 南の島! もちろん花火ですよ! ねえ、美佳?」

 ヒトミはがばっと机から顔を上げると隣に座った美佳に振り返る。あまり眠っていないのだろう。ヒトミの目の下には軽く(くま)が浮いていた。

「ぐふふ……もちろん花火……予算にも、組み込んでおいた……」

 美佳が(あや)しく笑う。その美佳の目もとにも黒い隈が浮いていた。

 反対側の机にちょこんと座ったユカリスキーがこちらも(うれ)しそうに手を振る。砂地にまで届いていない足をこちらも楽しそうにパタパタと振った。

「はいはい。予算内でやったんなら、特別文句は言いません。だけど、朝から講義があるって言っておいたでしょ?」

「抗議! 抗議! その朝からの講義に抗議!」

「あら、ヒトミちゃん? 何も知らないまま、宇宙に放り出されたいの?」

「う……」

「はい、決まりね。時間ないから、こんな朝は早くからにはなっちゃったけど、宇宙には行きたいでしょ?」

「はーい。宇宙行きたいです」

 ヒトミが渋々(しぶしぶ)といった感じに唇を(とが)らせて(こた)える。

「じゃあ、宇宙にぽっかり浮かぶ為に、しばらく机の重力に(しば)られてお勉強」

「博士……その前に今の私達の状況……」

 美佳がぽつりとつぶやき、その向こうでユカリスキーがわざとらしく身震いをした。

「そうね――政治的な状況ね……私達『宇宙怪獣対策機構』はこれまでの四度の対戦において、その宇宙怪獣に対する有用性を世間に――とりわけ政府に知らしめました」

「ぐふふ……お(かげ)()が両親先生は、今や宇宙怪獣対策のオピニオンリーダー……」

「そう。だけどそれは同時に政府と、世界の不信感も呼び込んでしまったわ」

「何でですか? キグルミオンじゃないと、後は核に頼るしかないんでしょ? 久遠さんも核で倒すのはよくないって、言ってましたよね」

 ヒトミが眉間にシワを寄せて首をひねる。

「そうね……それは通常兵器がまったく()かない宇宙怪獣。キグルミオンだけが、それに対抗できる。口さがない人間は――それだけで陰謀説とか言い出したりするの。憲法で核の平和利用以外を認めていない我が国が、核兵器に代わる兵器を手に入れる為に行っている茶番だとかね」

「はぁ……」

 ヒトミは今度はあんぐりと口を開く。

「それはないにしても、現時点で宇宙怪獣はキグルミオンを標的にしているという予測が立っているわ。四度に渡る『宇宙怪獣対策機構』への襲撃。民間宇宙港に移動してからもキグルミオンを攻撃してきた状況。そして現在ピタリと他地域への襲撃が止まっている現実――これは否定しきれないの。このことをあげつらう人びとは、キグルミオンは宇宙怪獣を倒す救世主ではない。むしろ宇宙怪獣を呼び込む厄介者(やっかいもの)だって言い出しててね」

「ええ!」

「そういう()()もないことを、まき散らす連中も居るわ。だから私達が今度宇宙に上がるのを、(てい)のいい厄介払(やっかいばら)いだと考える人もいるの」

「そんな……」

「でも、気にしないわ。どうせもとより――私の考えではキグルミオンは、宇宙で宇宙怪獣を倒すべきなのよ」

「どうしてですか?」

「それは――また、今度話すわ。今は宇宙に行く為のお勉強。人工衛星が落ちてこない理屈や、宇宙に飛び出す為の速度の問題。現在の宇宙空間の利用状況に、それがもたらすデブリなどの問題。科学と政治の両方から、頭に()め込んでもらわないと。宇宙にはおいそれと上がれないのよ」

「ぶーぶー。宇宙にはロマン一つで上がりたいです。つまらない勉強は()め込められないです」

「ふふ……それはどうかしら……ユカリスキー、お願い」

 久遠は(ふく)み笑いを一つ()らすと、コアラのヌイグルミに笑みを向ける。

 ユカリスキーがその久遠の指示に机を飛び降りた。ユカリスキーはわざとらしく砂地に足をとられながら、久遠の足下のバッグまで楽しげに走っていく。

「何ですか?」

 ヒトミが机から身を乗り出し、バッグをごそごそとまさぐり出したユカリスキーの背中を見つめる。

「何って。講義や座学は退屈でしょ? だから、実際に――」

 久遠が自慢げにヒトミに振り返る。

 その久遠の隣でユカリスキーが勢いよく立ち上がった。そしてそのふわふわでもこもこの両手を天高く突き出す。

 ユカリスキーの手の平の中で朝日を受けて光る銀を曇らせたような鉄の鈍色(にびいろ)の輝き。

 全体は円筒形でその先端は円錐形(えんすいけい)(とが)っている。後尾と思われる部分は飛行機の尾翼のようなものが四枚均等につけられていた。

 大きな何かのペンにすら見えるそれは――

「ロケットを打ち上げるのよ」

 それは両の(てのひら)に収まってしまいそうなほどの小さなロケットだった。

改訂 2025.08.22

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