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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
八、気宇壮大! キグルミオン!
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八、気宇壮大! キグルミオン! 5

「ヒトミちゃんのご両親……理解があってよかったですわね……」

 久遠は潮風に身をさらしながらおもむろに口を開いた。何かの調査用らしい中型の船。その船首で船が切る風に身を任せながら、久遠はたなびくままに白衣の(すそ)()らす。久遠は船首の鉄柵に身を(あず)けていた。

 白衣は夜の海の上で船の照明を受けてぼぉっと薄く光った。久遠は力ない言葉とともに闇の向こうに(さび)しげな笑みを向ける。

「ああ……」

 久遠と並んで夜の海を見つめていた坂東が口が(こた)える。こちらも感情を押し殺しているかのように無表情に海面を見つめる。

「日が完全に()れる前に、島を出れて良かったですわね……」

「ああ、これなら……日が変わる前に、宇宙センターに戻れそうだ……」

「……」

「……」

 二人はそれだけ会話を交わすと黙って海を見つめた。

 茨状(いばらじょう)発光体が天空を()める今の世界。夜の海とて例外ではない。本来闇のように暗いはずの海面が薄明かりに照らされている。

 それでもどこまでも続く()れる海面は、見ていると吸い込まれるような奥深い闇をその下にたたえていた。

 その海の上を二人を乗せた船が()れる波間を切って行く。

「……」

 二人はしばらく黙って互いに海の向こうを見つめた。たゆたう水面と闇をたたえる海を行く坂東と久遠の船。それは遠くに見えて流れていく島の灯りを余所(よそ)に、モーター音だけを鳴り響かせながら進む。

「お婆様は、号泣なさってましたけどね……」

 久遠が沈黙に()えられなかったのかポツリとつぶやく。

「それはそうだ。海を行く船とは違う。宇宙を行く船に乗るんだ。夜の海ですら正直怖い。ましてや、宇宙。しかも待っているのは、戦いだ……可愛い孫の身を心配するのは当然だ……」

「そうですわね……」

「……」

「それにしても隊長。空挺部隊よろしく――闇に向かってのダイブすら、訓練なさっているんでしょ? 隊長でも海は怖いですか?」

「ああ、怖い。もちろん作戦なら、視界のまったくない新月(しんげつ)の夜の闇にすら飛び込むさ。だが恐怖心そのものは無くならない。むしろ必要だと俺は思う。常に死と(とな)り合わせに居るのだと。(おのれ)の身に自覚しておきたいんだ、俺は」

「いつになく饒舌(じょうぜつ)ですわね。夜の海がそうさせるんですか? それともヒトミちゃんの家族との面会が――ですか?」

「……ふん、博士も……いつになく、人の話に興味を持つ……」

「……ふふ、そうですわね……」

「……」

 二人は互いに別の方向に目をやると、もう一度沈黙と夜の潮風(しおかぜ)に身を任せた。

 久遠は空を見上げ茨状(いばらじょう)発光体の脇に、追いやられているかのように光る星々に目をやる。

 坂東は海の波間の光に目を落とした。

 船は二人を乗せたまま、やはりたゆたう波とたたえる闇の上を行く。

「そろそろ着きますわね……」

 久遠が腕時計に目を落とした。久遠はそのまま前に向き直る。いつの間にか島影がその進行方向に浮かび上がっていた。宇宙センターをも(よう)する島は、先までに船の横を流れていった遠くの島々とはその迫力が違った。見る間に島影(とうえい)確固(かっこ)たる陸地として壁のように迫ってくる。

「島も見えてきましたわ……」

「ああ、桟橋(さんばし)も見えた来たな……」

「はは……さすがにそこまでは……」

 久遠が苦笑いを海の向こうに向ける。久遠にとっては島影としか見えないシルエットも、坂東にとっては桟橋のあるなしまで見える情景のようだ。

「そうか? ん? たく……遊びに来たんじゃないぞ……」

 坂東がこちらも失笑する。

「どうしました?」

「まったく……あいつら、こっそり持ち込んだな……」

「はい? 『あいつら』? ヒトミちゃんと、美佳ちゃんですか? 浜辺にいるんですか? 何をして?」

 船首の(さく)から身を乗り出し久遠は遠くに目を()らす。そうしている合間にも船は見る間に島に近づいていった。

「すぐに分かる……」

 坂東がそう(こた)えると浜辺に小さな(あか)りが(とも)った。

「何ですか?」

「花火――だろうな」

「花火? あはは! あの()達ったら!」

 久遠がお腹を(かか)えて笑い出す。

「笑い事じゃない。これから宇宙に行くってのに、はしゃぎ過ぎだ」

 坂東は苦虫(にがむし)()(つぶ)したようなしかめっ面をしてみせる。

「私物とかおやつとかは、指示しましたけどね! 花火を隠し持って来てるだなんて! ホント、あの娘達らしいわ!」

 船が速度を落とし始めると桟橋もはっきりと視認できるようになった。久遠は目の端に()めた涙を指で(ぬぐ)いながら、こちらも姿が見え出したヒトミと美佳に手を振る。

 向こうもこちらに気づいたようだ。二人分の人影と、一体分のヌイグルミの影が手を振り返して来た。

 その足下(あしもと)一際(ひときわ)輝く光が灯る。

 その光はひょろりと空に向かって(のぼ)っていくと、()ぐに(はじ)けて消えた。

「ロケット花火?」

 その光に久遠がきょとんと目を見開く。

「だろうな……」

「あはは! これから宇宙にロケットで行く人が、ロケット花火!」

 久遠はその様子に無邪気(むじゃき)に笑い、

「まったく……緊張感のない……」

 坂東はやはりしかめっ面をしてみせる。だがどこかその顔は作り切れず、頬のゆるみにやがて負けて最後は坂東も小さく笑った。

改訂 2025.08.21

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