八、気宇壮大! キグルミオン! 1
八、気宇壮大! キグルミオン!
「ほおおおおぉぉぉえええぇぇぇっ!」
巨大着ぐるみヒーローの中の人――仲埜瞳は、揺れる幌なし軍用車両で素っ頓狂な声を上げた。
「すっごぉぉぃ!」
ヒトミは後部座席から立ち上がり、空を見上げながら風を受けていた。その口はぽっかりと開けられお構いなしに入ってくる空気を吸い込みながら歓声を上げる。
空気が間断なくノドを襲ってもヒトミは不快な表情一つ見せない。それは吸い込んでいる空気が清涼そのもののせいか、己の吸い慣れた懐かしい空気のせいかもしれない。
「潮風も気持ちいい!」
ヒトミは潮風がやや混じった空気を、全身で味わうように肺を大きく膨らませて吸い込んだ。ヒトミの周囲に広がるのは緑の森とその向こうにのぞく青い海だ。ヒトミは海に囲まれた島の海岸沿いを車で移動していた。
「舌噛むぞ」
揺れる車両を制限速度ギリギリで飛ばし、『宇宙怪獣対策機構』の隊長と呼ばれる男――坂東士朗は呆れたような声を上げる。
舗装はされているが補修が間に合わないらしい。ヒトミの乗る軍用車両は時に穴の空いた道を行く。
未舗装の荒れ地をいくことを想定されて作りられた軍用の車両ですら、この穴にタイヤを取られて時に大きく揺れた。
「だって! ほら! 隊長! あれ見て! 下さいよ! あれ!」
実際連続する穴に乗り上げヒトミは途切れ途切れに歓声を上げる。
「『あれ』じゃ分からん」
「私が指差してるあれですよ! あれ!」
「運転中だ。余所見なんかできるか」
坂東は自分が運転に集中しているとの意思表示の為か、架けていたサングラスのブリッジを持ち上げた。
「久遠さん! あれ――なんて言うんでしたっけ?」
ヒトミは立ち上がったまま上半身を折り助手席に身を乗り出した。
「あれ? あれはVABとMLよ」
宇宙怪獣対策機構の技術責任者――桐山久遠は、白衣の衿を風に巻かれるに任せて答える。
「そうそう! V何とかと、何とかですよ! 隊長!」
「ヒトミ……何も言えてない……」
ヒトミの隣に座った半目に目を開いた少女が、感情の起伏も乏しく口を挟む。宇宙怪獣対策機構のアルバイトオペレータ――須藤美佳は、己のヒザの上にコアラのヌイグルミを乗せて風に身を任せていた。
コアラのヌイグルミ――ヌイグルミオンのユカリスキーは、荒い風に身を飛ばされまいとか手を伸ばして前の座席をつかんでいる。
「だって! 覚えられない! ロケットの何とかですねよ!」
ヒトミはもう一度前方を指差す。そこにはビル程の高さもある構造物が天に向かって突き出ていた。その少し離れた位置にも、天に伸びる二棟で一対らしき鉄塔も見える。
「あの大規模構造物がVAB――大型ロケット組立棟。あそこでロケット組みたてて、ML――大型ロケット移動発射台で射点まで運ぶのよ」
「あの大きなロケットを運ぶんですか?」
「もちろん。そうすることで、複数のロケットを運用しやすくできるのよ。で、ロケットを打ち上げる射点も二つあるわ。あっちの鉄塔がその射点――LP。第一と第二があるわ」
「へえ」
「宇宙センターは初めて? ヒトミちゃん?」
「へへ! 実は二回目です! 前は小さ過ぎて、あんまり覚えてないですけど!」
「ヒトミの実家はこの近くの離島……来てても不思議はない……」
美佳はそう呟くと手元に持っていた情報端末に指を走らせた。ほぼ海で埋め尽くされた地図が表示され、大小さまざまな島々の輪郭が現れる。
「そうよ! 海も空もすっごいきれいよ!」
「あは。そうね。この宇宙センターも、『世界一美しいロケット発射場』って言われてるわ」
「世界一なんですか?」
「そうよ。他の宇宙センターは、往々にして砂漠のど真ん中にあったりするからね。緑も海もある自然あふれる中に――突如現れる人類科学の叡智を集めた発射場。自然そのものも。人類が作り出した文明も。どちらも共存してるところが、美しいと言われる所以じゃないかしら」
「へぇ」
ヒトミが髪をかきあげながらあらためて周囲を見回す。
丁度高台に通りかかった軍用車両は、これからヒトミ達が向かう施設の全容を遠目に明らかにした。
岬の先端に突き出すように一見飛行場に似た施設が見えた。
だが滑走路にしてはやや狭く周辺の建物も近い。何より目を引くのは多くの天に突き出た構造物だ。その全てが宇宙を目指す施設に相応しく真っ直ぐ空に向かって伸びている。
「民間宇宙港とはやっぱり迫力が違うでしょ?」
「そうですね……」
久遠の問いかけにヒトミは空を見上げる。
「宇宙センター……キグルミオンを更に宇宙に、運んでくれるところ……」
ヒトミは茨状発光体が浮かぶ空に目を向ける。陽光とそれを反射する海の水面の光を受けてか、
「待ってなさい! 宇宙!」
その瞳はまるで内なる決意を現すようにキラリと光った。
改訂 2025.08.20