表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
一、鎧袖一触! キグルミオン!
10/445

一、鎧袖一触! キグルミオン! 9

「ヒトミちゃんね! いいから、早く――」

「自衛隊よりの強制入電! 『空対獣ミサイル射出! 貴殿(きでん)退避されたし!』とのことです!」

 真っ赤に明滅する手元の情報端末。その光に照らされているせいか、それとも鬼気(せま)る状況がそうさせるのか、美佳が珍しく血色(けっしょく)を上げて振りかえる。

「ウオオオォォォーッ!」

 二人の悲鳴めいた通信に耳を貸さなかったのか、同じく情報端末からは少女のくぐもってはいるが裂帛(れっぱく)の気合いが発せられていた。

 同時に久遠と美佳の耳と体に響く、荒々しくはあるが規則正しい地響き。巨大なキグルミオンが大地を駆ける音だった。

 それは先程までとの覚束(おぼつか)ない足取りは全く別の――そう、まるでその巨大な猫の着ぐるみが命を得たかのような力強いものだった。

 キグルミオンはその足で真っ直ぐ宇宙怪獣に向かって行く。

「すごい……キグルミオンを完全に着こなしているの……まさか――」

「ミサイル着弾まで……五秒、四、三、二――」

 久遠が緊迫(きんぱく)に息を()み、やはり緊張に身を固めながら美佳が状況を報告する。

 美佳が秒読みを始めたところで、ビルの窓に鉄のシャッターが降りた。

 事務所内が一瞬で暗くなる。

 そして――

「――ッ! ミサイル着弾! 衝撃きます!」

 美佳の合図とともに、ビル全体が非常灯の点灯とともに激しく揺れた。鉄のシャッターが降りていなければ、窓という窓のガラスが砕け散っていたかもしれない。

 美佳がイスに座ったまま足を踏ん張り、そのイスの背に手をかけ久遠が身を屈めて衝撃に耐える。

「美佳ちゃん! メインモニタ入れて!」

「はい!」

 『メインモニタ』と言われて光が入ったのは、それでも家庭用と思しき壁際のテレビだった。

 その一瞬で()いたモニタの中では、もうもうと立ち上がる煙の中、宇宙怪獣が平然と立っていた。

「空対獣ミサイル――やっぱり名前だけね! キグルミオンは? ヒトミちゃんは――」

 久遠がモニタの向こうに、己の心配が全て()まっているような巨大着ぐるみの姿を探す。

 だがモニタの端から一瞬で現れたキグルミオン――ヒトミは、

「――ッ! ウソ……」

 そんな久遠の思いを驚きに瞬時に変え、宇宙怪獣を殴り飛ばしていた。



 巨大な肉体が周囲のビルをなぎ倒し大地を転がって行く。

 宇宙怪獣がもんどり打ちながら、最後はビルに背中からぶつかって止まった。

「やったーっ!」

 こちらも巨大な猫の着ぐるみ――キグルミオンがその様子に歓喜(かんき)の声を上げる。

 中のヒトミが上げた声が、そのまま外部に増幅されているようだ。

 ヒトミは着ぐるみの中にいた。それはこの巨大な着ぐるみをそのまま小さくしたような、実際人間が着るのに丁度いい大きさの猫の着ぐるみだった。

 その着ぐるみが何故か暗闇の中に浮かんでいる。

「ヒトミちゃん! 無事ね? 危ないから、早く――」

 そんなヒトミの耳元に、桐山久遠の声が再生された。着ぐるみの頭部にスピーカが内臓されているようだ。

「『危ない』? 危ないのは、地球――ですねよ!」

「ヒトミちゃん? 何を……」

「今、この宇宙怪獣を倒さないと、本当に危ないのは私達の地球ですよね?」

 巨大な着ぐるみが宇宙怪獣をその(つぶ)らな瞳で見つめる。その瞳はこの緊迫した状況下においても、何処か着ぐるみ特有の優しさを内にたたえていた。

「それは、そうだけど。あなたがソレに乗ってする必要はないわ」

「『乗って』? 何を言ってるんですか? これは着ぐるみですよね?」

 ヒトミが自分の着ぐるみの両腕を前に出してその(てのひら)を見つめる。それに瓜二つの動きで巨大な着ぐるみも両手を前に出してその掌を見つめた。

 そしてなぜかその視界は、着ぐるみの小さな穴を通しているにかかわらず、暗闇ではなく市街地を背景にその両の掌を写し出す。

「――ッ!」

「着ぐるみに〝乗るん〟じゃありません! 着ぐるみに〝なるん〟です!」

 キグルミオンが両手を見つめる向こうで、宇宙怪獣がようやくその足で立ち上がろうとしていた。

「ヒトミちゃん……あなた、まさか……ウィグナーの――」

「私見てました。この巨大な着ぐるみの背中から、小さな着ぐるみが出てくるのを。その中から自分で動くヌイグルミが出てくるのも。それで直感しました」

「そうよ。このキグルミオンは、キャラスーツとベーススーツとアクトスーツの三段構成。人間が入る大きさのキャラスーツの動きにヒモづけられた――そう、エンタングルメントされたベーススーツが、巨大な着ぐるみのアクトスーツを動かすのよ」

「エンタン――なんですか?」

 宇宙怪獣がうなった。その様子をヒトミは顔を上げて着ぐるみ越しにうかがう。

 やはり何故かキャラスーツと呼ばれた着ぐるみに小さく開けられた穴から、アクトスーツと呼ばれた巨大着ぐるみの視界が分かる。

「エンタングルメントよ。『もつれ』のことね。そのキグルミオンは、キャラスーツとベーツスーツが『観測問題』を乗り越えつつ、量子的エンタ――」

「難しいことは分かりません。でも、着ぐるみは着ぐるみ――」

 宇宙怪獣が駆け出した。大地を震わす地響きを上げて、キグルミオンに向かってくる。

「私の着ぐるみ愛なら――」

「き? 『着ぐるみ愛?』」

 スピーカの向こうから、久遠の()頓狂(とんきょう)な声が再生された。

「どんな着ぐるみにも――」

 宇宙怪獣がキグルミオンに激突した。衝撃に大地が鳴り、空気が()れた。

 凶悪とでも言うべき突進だ。

 だが――


「なり切ってみせます!」


 キグルミオン――仲埜瞳はその(おのれ)の決意とともに、宇宙怪獣を弾き返した。

改訂 2025.07.29

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ