キスと商売
「それじゃあ早速撮ります。らきさんととーまさんはラストキスシーンで終わりますが、あくまで動画撮影なのでしているように見えれば大丈夫です。実際のライブとは違うので、ファンの方たちから二人がそういう関係でいちゃついているように見えるだけで想像は捗ります。しているしていないよりも、恋人のような雰囲気を作ることを意識してください」
そう言いながらみちるがスマートフォンのカメラを起動する。5人はみちるの言葉を聞きながら自分たちのフォーメンションを簡単に確認する。
先日ブランディングや方向性が決まっためろらぶは、早速SNSに投稿する用の動画撮影に集まっていた。
近年では流行の曲に合わせて踊るショート動画で気軽に見られるコンテンツが好まれる。
まずは認知してもらうところから、ということでめろらぶも流行に乗ることにした。
曲を選定し、まずはくおんがカメラに向かって投げキスをする。次にみやとゆきとが振付しながら画面に歩み寄り、ドアップでウィンク。最後にとーまが躍っているところにらきが駆け寄ってきてキスをする。そしてらきは唇を離した後、いたずらっぽくカメラに向かって笑う。
そんな段取りになっていた。
「では行きます。3,2,1……」
曲が流れ始め、動画撮影が始まる。
儚さを感じるくおんの投げキスはどこかの貴族を思わせた。お姫様になったような感覚になる。
みやとゆきとが躍りながら近寄ってくる様は一瞬カップルに見えた。みやの整った容姿とふわりと舞う髪が流行の韓国アイドルを想起させる。一方ゆきとは大手アイドル事務所のメンバーを思わせる、圧倒的なビジュアルだった。女性を虜にする色気。ふと舌なめずりする姿が色っぽい。
そして最後にウィンクをした瞬間、誰もが二人にくぎ付けになるに違いない。
それからとーまが現れると、それはクールな王様と言ったところだろうか。ダンスや動きはキレがあり魅了するのに表情には一切の乱れがない。
そのクールな男が無邪気な青年、らきに翻弄される、そんな筋書き――
「とーま! んっ」
「っ!」
それはただの筋書き。だが本当にその物語が、そこにあった。
らきが本当にとーまに向かって唇を重ねた。演技などではない、しているフリでもない。本当に画面の向こうの女の子に魅力を振りまくとーまに、嫉妬するように。らきはとーまの唇に何度もキスを重ね、彼の頬を両手で包み込む。
それからゆっくりと唇を離すと、動画に入るか入らないか、甘い小さな声で囁く。
「僕だけを見てて?」
「っ……!」
とーまの頬が真っ赤に染まる。
どうしていいのかわからないというように、とーまは固まっていたがらきは彼にぎゅっと抱き着いた。
そしてとーまの顔がカメラに写らないよう、自分の胸にぐっと抱き寄せ最後に意地悪くカメラに向かって笑った。
「とーまは渡さないよーん」そういわれてる気がした。
みちるはカメラを止めるのを忘れ、世界に見入っていた。
「おーい、マネージャー?」
「っ!」
ゆきとの声で我に返り、みちるはカメラを停止する。
「す、すみません。最後はちゃんとカットしますから」
「何ボーっとしてんの?」
らきがとーまから離れ、冷たく言い放つ。
「で、どうだった?」
腕を組みながら尋ねるらき。
「え、あ、はい。皆さんカッコよかったですし、素敵でした。あまりアイドルに詳しくない私でも魅入っちゃいました」
「見返してみてもいいかしら?」
「もちろんです」
みやに言われ、一同に見えるようスマートフォンの画面を向ける。
「よく撮れていますね。自分で言うのもなんですが、カッコよく撮れていると思います」
「ええ。アタシも可愛く撮れてると思うわ」
「だな。にしても、相変わらずらきは強引だなー」
最後のキスシーンを見てゆきとが頭をガシガシと掻く。
「折角俺らがカッコよく撮れてんのに、最後のシーンで全部お前らに持ってかれてんじゃん」
「確かに。アタシの可愛さが半減するわね」
「当たり前だろ。そういう狙いなんだから」
らきが同然と言うように鼻を鳴らした。
みちるは苦笑しながら口を挟む。
「確かにインパクトはありますし、らきさんの強引さ、唐突さがあるおかげでお二人の関係がより鮮明にリアルに見えます。このとーまさんの表情を見ても思いますが、打ち合わせなしで本当にいきなり来たんだなと伺えます」
「なら文句はねぇだろ」
「もちろん文句はありません。お二人がいいならこのまま投稿でも問題ないです。ただ……」
みちるはどう口にしていいのか悩んだ。そんなみちるをらきはイライラした様子で見つめる。
「なんだよ。言いたいことあるなら言えよ」
「あ、いえ。二人が良いならいいんですけど、これから長くメンバーとして続けていくうえでブランディングだからと無理にキスしたりしなくても大丈夫ですよ? 編集は私の方でやりますし、最悪口元をスタンプなどで隠す方法もあります。ライブでは目の前にお客さんがいるのでお願いするかもしれませんが……」
別にみちるに偏見などはない。だが同性異性関わらず、好きではない人とそういう行為をするのはやや負担があるのではないかと思ったのだ。
だからこれはみちるなりの気遣いだった。
だが、らきはみちるを強くにらみつけた。
「馬鹿にすんな」
「えっ……?」
「仕事に妥協はしない。お前は先日俺らを見てファンは『ストーリー』を見ると言った。ならその『ストーリー』に付加価値がなければお金をもらうに値しない。俺はそのお金をもらうに値するアイドルになる。そして武道館に行く。それが叶うならどんなことだってする。そこに余計な私情はいらない」
みちるのスマートフォンがピコンと音を立てた。ちらりと見ると、先日転職で申し込んだ先からのお祈りメールだった。
みちるはそっと画面の電源を落とす。
「俺はお前が出した戦略、ブランディングに乗った。だからお前が考えた『ストーリー』を全力で演じる。だから二度と舐めたこと言うな」
もしこれが、昔自分の書いた小説に関して、どこかの編集者が言ってくれた言葉だったら、どれだけ嬉しかっただろうか。
みちるは涙が出そうだった。
もっと前に誰かにこうして信じてもらいたかった。
だがもう遅い。もうみちるは自分自身も、そして身の丈に合わない夢を抱くこのアイドルも信じることができない。
(いつから私は人も、夢も、自分も、信じられなくなったんだろう――)
「……分かりました。そこはお二人にお任せします」
かろうじて吐き出した言葉。胸が苦しい。みちるは何度か呼吸を整え、とーまの方を見た。
「とーまさんも大丈夫ですか?」
「……問題ない。俺も、私情を挟まないよう気を付けるよ」
その時とーまが切なそうな表情を浮かべていた。
だがみちるはそれに気が付かない。
みちるはスマートフォンをグッと強く握りしめ、頷いた。
「ではこちらアップロードしますね。今日の夕方ごろ投稿します。この後私は別件で席外すので皆さんはこのままダンスレッスンに入ってください」
「りょーかい」
みやを筆頭に一同が頷く。
みちるはすぐさまレッスンルームを後にした。
そして後ろ手で扉を閉めると、真っ先にスマートフォンを開いた。お見送りメールは開きもせず、そのままゴミ箱へ入れる。
そのまま次の転職先に向かって応募ボタンを押した。




