ブランディング
事務所に戻るなり、五人はレッスンルームで円を作って座った。
みちるは少し離れて腰を下ろす。膝にはとりあえずノートパソコンが開かれているが、その画面に写っているのは転職サイトだった。
「早速だけど、次はどうやって箱を満員にする?」
切り出したのはらきだった。
ステージ上とは打って変わって相変わらず別人のようだ。片手にスマートフォンを持ち、他の人気アイドルのSNSなどを真剣なまなざしで見ている。
そんな中、みちるは容赦なくメモするフリをして転職サイトにキーワードを打っていた。「出版」「ライティング」などの文字を入力し、出てきた求人情報を流し見る。
「そもそも僕らのブランディングはこのままでいいんでしょうか? BLならBL、ガチ恋ならガチ恋で分けた方が良いのでは……?」
くおんもまた、他のアイドルのダンス動画を見ながら言った。
「だけどアタシたち、五人でしょ? 仮にBL一本で行くとしたら一人余るわよ」
「それは僕がらきさんととーまさんの間に入って、三角関係にします」
「くおんって見た目によらず、結構えげつないこと考えるのね」
「だって、みやさんとゆきとさんの間には入れないじゃないですか」
「いや、そもそもBLで話進めんな。ガチ恋寄せもできるだろ」
らきが不機嫌そうに割って入る。
「とはいえ、らきはもう既にイメージがついているんじゃないか? それぞれのSNSで見た時に、一番フォロワー数が多いのはらき、次にみやだ。つまり二人が世間的に認知されてる。今更イメージを変えるのは難しいんじゃないか?」
「確かにとーまの言うことは一理あるわね。ブランディング変えるなら、一度解散して転生する方がいいと思うわ」
白熱した話し合いが行われる中、みちるは一人気になった求人票にブックマークをしていく。
「マネージャーはどう思う?」
唐突にゆきとがみちるに話題を振った。
「え?」
話半分だったみちるは急に振られ、間の抜けた声を出す。
「新人マネージャーの意見なんかあてになるかわからないけど、いいよ。話くらい聞いてあげる。どう思うわけ、マネージャーさん?」
相変わらずらきは嫌味っぽいなとみちるは苦笑した。
だがここは対立しても仕方がない。それに転職を決心したみちるからすると、この先彼らがどうなろうと関係ない。
みちるは素直に自分の意見を言うことにした。
「正直ブランディングはどっちでもいいと思います。ガチ恋でもBLでも。もしくはその両方でも。ただ、必要なのはそのブランディングに対して裏側にどんなストーリーがあるかです」
みちるの視線は変わらず転職サイトを見ている。だがメンバーの視線はみちるに集まっていた。
「大事なのはあなたたちを見た時にファンの方が得られる『疑似体験』です。BLを見せることでまるで少女漫画を見ているような、俯瞰的なトキメキを得られるか。ガチ恋を意識した演技をすることでまるであなたたちの彼女になったようなドキドキを得られるか。そしてあなたたちがステージに対してどんな想いで立っているのか、そこに立つまでの苦悩が見えれば見えるほど、ファンは盛り上がります」
こうやって見ていると、結構出版系やライティング系の求人はまだまだあるのだなとみちるは感心する一方で、ついこの間まで応募して落ちたからここにいるんだよな、と苦々しく思う。
大人しく本屋の店員で探すか、とキーワードを変更する。
「ファンの方たちはそういった疑似体験を得ると同時にもう一つ、あなたたちを通して見ている夢、疑似体験があります。それは『アイドルを自分が育てた』という感覚です」
本屋の店員は最初アルバイトから、と記載されているが正社員への昇給もあるらしい。
「実際はあなた方の努力と、ファンの皆さんが落としてくれたお金によってあなたたちは大きく成長するわけですが、一部のファンからすると『自分がお金を落とした、もしくはSNSなどの動画の再生数を回したことでめろらぶというグループが大きくなった』と感じる人もいるわけです。特に落としてくれている額が大きい人ほどそう思う傾向にあります」
とりあえず応募してみるか、とみちるは応募ボタンを押した。
「こういう人たちに『君のおかげで大きくなれたよ』『ここまで連れてきてくれて、ついてきてくれてありがとう』というのを前面に押し出し、伝えることでファンは自尊心を満たされ、貢いでよかった、私の目に狂いはなかったと安心し『育てた』感覚を味わうことができるのです」
あとは結果を待つだけだ、とみちるは転職サイトを一度閉じた。
ようやく顔を上げると、彼らが真剣なまなざしでみちるを見つめていた。
「つ、つまりそういう体験ができるようSNSでの積極的な『ストーリー』を見せることが大事になるんじゃないかと思うので、それができればもっと伸びると思います。例えばビラ配りのシーンやダンスレッスン、あなたたちの日常でも構いません。一緒にご飯を食べている、そんな姿でも『ステージ上じゃないめろらぶ』が見れるので、ファンとしては嬉しいし、応援しやすくなるんじゃないかと、思いま、す……」
まさかこんなに彼らが真剣に聞いているとは思わず、みちるの声は自信なさげにしぼんでいく。
するとらきは鼻を鳴らした。
「思ったより使えるじゃん」
「え?」
「悪くない。説得力もある」
「あ、ありがとうございます……」
年下にこんな偉そうに褒められるのはやや不服だったが、みちるはとりあえず素直にお礼を言うことにした。
「まずはSNSの投稿頻度を上げて、目につく機会を増やそう。それで今マネージャーが言った通り、その投稿を通してファンにどう見られたいか、それを見ることでどう捉えられるか分析したうえで投稿しよう。明日から動画撮影始めるから、マネージャーもネタを考えておくように」
「は、はい」
らきがパンっと手を叩いた。
「よし、そんじゃ解散」
「らき」
立ち上がったらきをとーまが引き留める。
「あ?」
「今日もありがとう。ライブでもめちゃめちゃ引っ張ってもらったし、こうやってみんなをまとめてくれて。その、助かるよ」
「別にお前のためにやってるわけじゃねぇよ。俺が武道館に行くためにやってんの。あととーまさ」
「どうした?」
「俺とキスすんだからリップくらい塗っとけよ? かさついてて切れそうだから」
「え、あ……うん。ありがとう。気を付けるよ」
「おう、じゃあお疲れ」
そういってらきは早々にレッスンルームを出ていった。
「ちょっと前進した気持ちになりますね」
くおんもまた、笑みを浮かべてレッスンルームを出ていった。
「みや、今日俺んち来るだろ?」
まだ座っていたみやにゆきとが手を差し伸べた。その手を掴み、みやが立ち上がる。
「んーそうね。行くわ」
「うっす。じゃあ帰り、コンビニ寄ろうぜ」
「はいはい。それじゃ、みちるちゃんお疲れ様」
「お疲れ様です」
二人が出ていく中、とーまはまだその場に座っていた。
「とーまさんは帰らないんですか?」
みちるが声をかけると、とーまはハッとしたように我に返る。
「あ、いや、帰ります。逆にみちるさんは帰らないんですか?」
「まあ一応まだちょっとだけ仕事あるので」
「そう、ですか……」
何故かとーまは少し困惑しているようだった。
だが何かあるのかと問い詰める前に、とーまも挨拶をして出ていった。
レッスンルームに一人残ったみちるはふと鏡に映る自分を見つめる。
「あーあ、こんなところで小説書く時に培ったスキルを使ってどうするんだか」
パソコンのメールアイコンにバッジがついた。もう連絡が来たのか、と急いで開くと応募完了メールだった。
「こんな早く面接の依頼、来るわけないか……」
そう一人呟くと、みちるはそっとパソコンを閉じた。




