少人数のファンと赤字
復活ライブ。らきたちはアイドルだった。
人を魅了する笑みを向けるらき、キレのいいダンスで観客を沸かせるとーま、美しさに息をすることさえ忘れさせてしまうみや、圧倒的な顔面偏差値で女の子を虜にするゆきと、そして王道な立ち振る舞いと優雅さで人を引き付けるくおん。それぞれが最大限のパフォーマンスを行い、最大限アイドルとしての魅力を伝えられた。それは間違いない。
袖で見ていたみちるも彼らに魅了されていた。あれほど嫌悪していたメンズ地下アイドルというものに心が確かに惹かれていた。
だがそれでも現実は残酷だ。
「ゆきとー!」
メンバーの声を呼び、一生懸命ペンライトを振り盛り上げる観客はわずか13人程度しかいなかった。
完全な赤字だ。
ライブ後特典会が行われた。お客さんこそ少ないものの、こういうコアなファンは一人一人が使ってくれる額が大きい。
らきのファンはチェキに10万円分使ってくれる人もいた。
だがそれでも諸々の経費を考えると全く足りない。
みちるは肩を落とした。
数日前の駅前での彼らを思い出す。あれだけ必死になって呼び込みをして実際配ったビラの数は全員で100を超えていた。
けれどこうしてライブ会場まで足を運んでくれる人は約十分の一程度なのだ。SNSだってそうだ。見てくれる人、いいねを押してくれる人は最近100、200は稼げるようになってきた。
でもいざお金を出して会いに行こうという思考に至るまでにはまだ時間がかかる。
これが現実だ。
そしてまたこの状況を耐え抜いて続けたからと言って必ずしも来てくれる人が比例して増えるかと言ったらそうとも限らない。
「お疲れ様でした」
楽屋でメンバーに一声かけながら、みちるは何とも言えない気持ちで彼らを見つめていた。
しかしメンバーの顔は思ったよりも晴れやかだった。
「おつかれ~割と今日のパフォーマンスは悪くなかったんじゃない? らきの声も伸びてたし、フォーメーションも全然崩れてなかったわ」
みやがそう言うと、とーまも首を縦に振った。
「俺もそう思う。それに活動休止前のファンの子も来てくれていたから、ちゃんと固定ファンはいる」
「あとはよりどうやってもっと僕たちを知ってもらい、ライブまで足を運んでいただくか、ですね」
くおんが真剣な表情で言う。
「とりあえず事務所に戻って反省会と次のライブに向けてどうしていくか話そう」
らきの言葉に一同が頷いた。
「みんな、すごいですね」
無意識だった。自然と言葉が零れた。
その言葉にメンバーの視線がみちるに向く。
みちるはハッとして首を横に振った。
「す、すみません! その、私だったら正直心折れちゃうなって……」
「どうして?」
みやのあまりに純粋で、無垢な疑問にみちるは心臓を強く刺された気がした。
「だ、だって……キャパ50の箱にたった十数人だなんて……そんなの……」
そう言いながらなんて惨めなんだ、こんなにもメンバーは前向きなのに、自分だけがこんなに後ろ向きな感情を抱いて嫌なマネージャーだ。みちるは強く自己嫌悪した。
するとゆきとが豪快に笑った。
「10人もいりゃすごいだろ!」
「え?」
「アタシたち、一番初めのデビューライブなんて観客ゼロだったのよ」
みやもクスクス笑った。
「それでも3人、5人、10人って増えてきてるの。それもずっと通ってくださるファンもいるわ。そういう人たちがいる限り、アタシたちはまだまだ走れるのよ」
「いつか集まった客が10から0になったなら、俺は諦めるかもしんねぇけど、今日は進歩だろ」
「どう、して……」
みちるは目頭がカッと熱くなった。
「そして俺たちはいつか必ず武道館に行く」
疑いのない、真っすぐな声。
「相変わらずらきの夢はでけぇな」
そう言いながらもゆきとの表情は楽しそうだった。
前向きな彼らが眩しくて、輝かしくてたまらない。何を言えばいいのかみちるには分からなかった。
「失礼するよ」
その時、オーナーの加藤が楽屋に入ってきた。
「本日はこちら、利用させていただきありがとうございました」
らきが真っ先に頭を下げる。
しかしそんならきを加藤は目を細めて見つめた。
「まあ夢を抱くのは自由だけどね? 武道館とか言う前にまずは目の前のライブハウス、満員にしてみてくれるかな?」
加藤の嫌味に楽屋の空気が凍った。
「さすがにもうウチもこんな動員数じゃ使わせられないよ?」
「……えっと……」
この時マネージャーとして、年上の人生の先輩として彼らを守れたらどれだけカッコよかっただろうか。
じゃあ他に行くので、と言えたらどれだけ心強かっただろうか。
だけどみちるは何も言えなかった。
そんなみちるに目もくれず、らきが一歩前に歩み出た。
「この度は結果を残せず申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。
「加藤様が怒られるのも無理はないと思います。また自分たちのような未熟なアイドルを何度も受け入れ、利用させてくださっていること、大変感謝しております。今はまだ、結果を残せておりませんが今後必ず成長してみせます。ですからもう少しだけ、時間とチャンスを頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
らきに続き、他のメンバーも深く頭を下げる。みちるはその姿に圧倒され、一拍遅れた。慌てて彼らのように頭を下げる。
すると加藤はきまり悪そうに頭を掻いた。
「いやまあ私もね、別に君たちをいじめたいわけじゃなくてね? こっちも商売だから」
「分かってます。必ず、このライブハウスを満員にしてみせます。だから、もう少しだけ! よろしくお願いいたします」
らきは一切頭を上げなかった。ずっと下げたまま必死に懇願した。
それを見た加藤は少し困った顔をしながらも首を縦に振った。
「仕方ないね……。あと1、2回だけだよ。それまでに動員増やすこと。いいね」
「ありがとうございます!」
全員の声が楽屋に響いた。
オーナーが出ていくと、ようやく全員頭を上げた。
「ごめんなさい……」
「どうしてみちるさんが謝るんですか?」
「あんなこと言われて、皆さんに悔しい想いをさせて、本当だったら私が別な箱と契約取って来ますって言えればあんな風に頭を下げることはなかったのに……」
「馬鹿じゃねえの?」
「え?」
らきの鋭い視線がみちるを突き刺した。
「確かに今日の動員数に満足はしてねぇ。成長とはいえ、俺たちはもっとやれる。そういう意味で悔しさはある。けど加藤さんになんか言われたから悔しいとは1ミリも思ってねぇよ」
「どうして……? だってあんな嫌味みたいなこと……」
「そりゃ今の俺たちは言われて当然だからな。言われたくなきゃ数字で戦う。それができてねぇ以上、俺らは土俵にも立ってねえし、撃たれても仕方ねぇんだよ」
その言葉こそみちるにとって銃弾のように強くみぞおちを貫き、息することさえままならなくさせる。
「さっさとその辛気臭せぇツラ、仕舞えよ」
そう言ってらきが出ていく。
「気にすることないわ。らきってば相変わらずちょっと口が悪いんだから」
「ほんと、ステージとはまるで別人ですね」
くおんはみやの言葉に苦笑しつつ、らきの後を追いかける。
「俺らも行くぞ。あいつ反省会とか遅れると超不機嫌になるし」
ゆきとがみやの肩に腕を回した。
「そうね。みちるちゃんも行きましょ」
「は、はい……」
まだ心臓がどくどくと五月蠅く鳴っている。息がまだ苦しい。
「らきは悪い奴じゃないんだ。ただ、真っすぐで夢に向き合ったアツい奴なんだ。悪く思わないでくれ」
とーまの優しい声でみちるは少しだけ呼吸が楽になった。
「そう、ですね……」
それでも精一杯返せた言葉はたったこれだけだった。




