帰り道の雨
とりあえず事務所に戻ってSNS戦略でも立てるか、と駅に向かうみちる。
するとポツリと冷たい雫がみちるの頬を滑った。空を見上げると、どんよりとした雲が一面に広がっている。
そしてまたポツリと雨が落ちてみちるの目に入った。
「サイアク……」
雨が強くなる前に、とみちるは歩く足を早めた。傘を差し、足早に駅へ向かっていく人々をすり抜けていく。
そのまま駅に入ろうとした時だった。
「よろしくお願いします!」
大きな声がした。
肩をびくりと震わせ、声の方を振り返る。
するとそこにはらきの姿があった。
「よろしくお願いします!」
足早に抜けていく人たちに向かって一生懸命ビラを配っている。たとえ受け取ってくれなかったとしても、らきは笑顔を絶やさない。
「ありがとう。もし良かったらSNSフォローしてね! ライブは来てくれたら嬉しいけど、無理しなくていいよ! ボク、可愛いお姉さんに受け取ってもらえただけで満足!」
ビラを受け取ってくれたお姉さんに満面の笑みを浮かべる。少し猫なで声っぽいが、愛嬌があった。
それを見てまた一人と足を止める。
「わーい! とーま! 見てみて! またお姉さんが受け取ってくれた! ありがとう!」
横にいたとーまがお姉さんの方を振り返る。
「ありがとう。俺たちを知ってくれて」
「い、いえ……! ら、ライブ行きます!」
「わっ! お姉さん今、とーまにキュンってしたでしょ! だめぇ! とーまはボクのこと好きなんだぞー!」
そういってらきは頬を膨らませ、ぎゅっととーまに抱き着いた。
「は、はわわわわ……ほんと、ライブ見に行きます」
気絶寸前のお姉さんは満足そうな表情を浮かべ、駅の中へと消えていった。
「見てみて、何あの子、可愛い」
「隣の人、カッコ良くない?」
「えーでもさっき好きとかなんとか言ってたよ?」
「ホモってやつ?」
女子高生だろうか。遠目にらきたちを見つめ、こそこそと呟く。
「それってさ……」
「なんか、キモくない?」
「っ……!」
その言葉を聞いてみちるは息が詰まった。女子高生たちは悪気もなくクスクスと笑いながらどこかへ行った。
何かを表現し、何かを始めるということは、誰かに褒められ認められる一方で貶され、見くだされることもある。
そして人の中にはどんなに努力しても報われない人間がいる。
どれだけ嫌な言葉を浴びせられて、それを耐え忍んでも芽が出ない。一生土の中で踏まれ続ける人間がいる。
いや、むしろそんな人間の方が多い。
努力が報われるなど嘘だ。
努力が報われるのはたった一握りの人だけ。誰も彼もが報われるわけではないのだ。
雨が強くなってきた。
次第にビラがほんのりと湿り、皺ができている。
時間は決められていない。早く切り上げて駅に入ればいいのに。みちるはそう思いながらぼんやりと彼らを見つめていた。
「らきさん、とーまさん、そろそろ雨が強くなってきました。一旦入りましょう」
くおんが声をかけた。
「あと10枚だけ」
らきが首を横に振る。
「アンタね、風邪ひいたら元も子もないし、ビラだってぐちゃぐちゃになって配れなくなるわよ? これも事務所が出してくれてる貴重な広告費なんだから大事にしなくちゃ」
みやもお説得に入る。
だがらきは聞かなかった。
「せめてあと5枚。俺たちはまだ知ってもらってすらいない。まずは知ってもらわなきゃ意味ねえんだよ。だから一枚でも多く配って人目に触れる。知ってもらうことなんだよ」
「……言い出したら引かねえわがまま王様だからな。あと5枚、みんなで頑張ろうぜ。それぞれ5枚配れれば25人には知ってもらえるからな」
ゆきとが苦笑気味に言うと、残り三人も肩を落とした。
それからスッと背筋を伸ばし笑う。
「しょうがないわね。これで風邪引いたらただじゃおかないわよ」
「了解です」
笑顔で頷くくおん。
「了解した。らき、寒くないか? 寒かったらジャケット貸すからな」
「別に身内で話すときはいいよ、そういうの」
「……そうか」
とーまとらきはぎこちないやり取りをしつつも、笑顔に戻ってまたビラを配り始める。
(どうして……?)
みちるは喉を締め付けられているような気持になった。
上手く呼吸ができない。こんなにも苦しい。
「よろしくお願いします!」
それぞれが一生懸命手を伸ばし、道行く人たちにビラを配る姿はまさしくアイドルだった。
だがどれだけ光り輝こうと、どれだけ声を張り上げようと、どれだけ手を伸ばそうと、それを掴んでくれる人がいなければ、彼らもまたただの「一般人」でしかない。
まるでどれだけ一生懸命書いても賞にも引っかからず、view数すら伸びない私小説と一緒。
「どうせ一生懸命頑張ったって誰も見てくれないのに」
みちるは小さく独り言つ。そして何も見ていない、見なかったと言わんばかりに彼らから視線をそらし駅に入ってった。
濡れて髪が顔に張り付いた。
不快感が襲ってくる。それはまるで、過去の自分が今の自分に張り付いているようだった。




