亀裂‐sideみちる‐
こうして家でゆっくりしているのはいつぶりだろうか。
そう思いながらみちるはコーヒーを淹れた。お湯を注ぐと、部屋いっぱいにコーヒーの香りが広がった。挽きたてのやや酸味を感じさせる香りをみちるは胸いっぱいに吸い込んだ。
昔小説を書いていた時、よくコーヒーをお供にしていたものだと感傷に浸ったりして。
みちるはコーヒーの入ったマグカップを持ち、リビングに入った。寝室とリビングが一緒になった1K。ソファと同じ役割をしているベッドに腰を下ろし、マグカップをテーブルに置いた。
代わりに机に置かれている本を手に取る。
単行本をぺらぺらとめくり、読書に没頭する。
ところがどれだけ目を動かし、脳内で想像し、ページを捲っても一向に物語が頭に入ってこなかった。
「もう何回も読んでるから飽きたのかな……」
そんなことはない。それは分かっている。それでもみちるは自分に言い聞かせるように本を閉じ、机の上に戻した。
代わりにスマートフォンを掴む。
特に連絡は来ていないが、何となくSNSを開いてしまう。
するとめろらぶに関するつぶやきが流れてきた。
『このグループみんな顔良い! 次のライブ絶対見に行く!』
『このみやって子、綺麗すぎない!? 女として全然負けてるんだけど』
『らきくんかわちい! 次チェキ何枚撮ろうかな~』
公式アカウントを覗きに行くと、間違いなくフォロワーは増えていた。
みちるはそっとスマートフォンの電源を落とした。
そしてコーヒーをそのままにカバンを持ち上げた。そのまま部屋を後にし、鍵をかけて駅に向かった。
特段行きたいところはなかったが、家に引きこもっても息が詰まる。
それなら本屋にでも行こう、そう思って歩き出す。
とにかく今は何でもいい、新しい何かをみちるは求めていた。今を忘れられる何かであればなんでも良かった。
「お願いします!」
だが本屋に行く道中、みちるは聞きなれた声に足を引き留められた。
声の方を振り返るとゆきととくおんが一生懸命チラシを配っていた。
「お願いします!」
「ありがとな! SNSチェックしてくれよ?」
足を止めてくれた人に一生懸命笑顔を向ける二人は相変わらず眩しいと思った。
まるで遠い世界の人だ。
だがそこでふとメンバーが少ないことに気が付く。
みちるは無意識的にあたりを見回した。らき、とーま、みやは離れて配っているのだろうか。それとも別な仕事をしているのだろうか。
関係ないとわかっていても、体が勝手に動いてしまう。
すると、後ろからポンと肩を触られた。
みちるがゆっくりと振り返ると、そこにはみやが立っていた。
相変わらずスタイルが良く、人ごみにいても目立つなと思った。
「らきととーまなら辞めたわよ」
みちると目が合うなりみやは淡々と告げた。
その言葉みちるはしばらく理解できずにいた。ぽかんとした表情でみやを見上げ、頭の中でその言葉を繰り返す。
そしてようやくそれは声として表に出た。
「らきさんと、とーまさんが、辞めた……?」
「ええ」
即答だった。
みちるは視線を泳がせる。
「どうして……? あんなにも二人は一生懸命だったのに……」
「さあ」
みやはあくまで淡々と短く答えた。
「もしかして、私のせい……ですか?」
もう一度みやの方を見ると、彼は軽く首を傾げた。
「思い当たる節でもあるのかしら?」
その言葉にみちるはすぐに返事ができなかった。何か心臓を強く握られて、手足が冷えていく感覚だけがあった。




