亀裂‐sideめろらぶ‐
「お疲れ~」
明るい声がレッスンルームに響いた。だが、そのレッスンルームは驚くほど重く暗い空気が立ち込めている。
どんよりとした空気にみやは顔をしかめた。
「え、やだ~。何この重い空気」
みやに続いてゆきとも入ってくる。
「なんだ? 今日はらきがご機嫌斜めなのかよ?」
しかめっ面を浮かべ、鏡の前でダンスレッスンを始めていたらき。そしてそれを苦笑するように座って眺めているくおん。
「どうやらマネージャーが辞めたようでして……」
くおんがチラチラとらきの方を見ながら口を開いた。
「みちるちゃんが?」
みやはピクリと眉を吊り上げた。
「どういうこと? こんな短い期間で?」
「所詮その程度の人間だったってことだ」
混乱するみやにらきははっきりと告げた。ダンスを辞め、額の汗を袖で拭うとみや、ゆきと、くおんの順に見つめた。
「マネージャーがいなくなった以上、また俺が仕切る。とりあえず新マネージャーが来るまで引き続きSNS発信は続ける。ライブに関しては箱には俺が挨拶に行く」
「ちょ、ちょっと待ってよ。アタシ、納得してないわよ? なんで急にみちるちゃんが辞めることになったのよ?」
「知るかよ。覚悟が足りないとか、何とか言って俺らが武道館に行くって言ったこと、心の底では笑ってたらしい」
らきが俯いた。
「そんなわけないわ! みちるちゃんはそんな子じゃないわよ。そんな子があんなに真剣にアタシたちのことを考えてくれるとは思えない」
「どうだか。仕事だからやってただけだろ」
「何か事情があるのかもしれないわ。ちゃんと話してみましょうよ」
「話たきゃお前が勝手に行け」
鋭い視線がみやを突き刺した。その視線にみやは一瞬怯む。
「俺はもう知らねぇ。あいつに何かを頼もうとは思わねぇし、戻ってきてほしいとも思わねえ。連れ戻したきゃみや、お前が勝手にやれ」
「らき、言い過ぎだ」
みやの前にゆきとが踏み出す。後ろ手に庇うようにしてらきに歩み寄った。
「何があったかは知らないが、みやに当たるのは違うだろ」
「ちっ。お前も仕事に私情持ち出すな。お前らがデキてるかなんて俺にはどうでもいい。みやを庇うならお前も一緒にあのマネージャー連れ戻しに行けばいいんじゃね? 俺には関係ない。仕事ができない奴はいらねえんだよ」
「あぁ?」
一触即発。みやが慌てて二人の間に入る。
「ちょっと落ち着きなさいよ。ゆきとも熱くならないで」
しかし一度ついた火が簡単に収まるわけがない。
「大体てめぇは自分のこと王様か何かとでも思ってんのか? いつもいつも自分の感情ばっか押し付けて来やがって。少しは周りのこと考えたことあんのかよ」
「なんで俺が周りのことを考える必要がある? 俺はただ武道館に行く。その夢を追いかけてるだけだよ。夢の妨げになるものは何であろうといらない。切り捨てる。それの何が悪い?」
「……そういう独りよがりなところが、解散の原因なんじゃねぇの?」
「っ!」
「ゆきと!」
みやがゆきとの腕を強く引いた。
らきは下唇を強く噛みしめ、ゆきとを睨みつけていた。
「……ああそうかよ」
そして小さくつぶやくと、らきは続けて強い口調で言った。
「なら俺も出ていく。めろらぶも終わりだよ」
それからわざとゆきとの肩に自分の肩をぶつけると、そのまま扉の方に歩いて行った。
そこにとーまがやってくる。
「すまない。電車が遅れていて遅くなった」
入って来るや否や重い空気を察するとーま。そして不機嫌そうならき、困ったような表情を浮かべるみや、振り返らないゆきと、深いため息を落とすくおん、それぞれを見つめる。
「何があった?」
彼の問いに口を開いたのはみやだった。
「みちるちゃんが辞めたんですって」
「……あと、らきも辞めるってさ」
ゆきとが嫌味っぽく続ける。その言葉を聞いたとーまの顔が一瞬にして青ざめた。
「まさか、俺のせいなのか……?」
思いもよらない言葉に一同の視線がとーまに集まった。
「とーまのせい? どういうこと? 何か思い当たる節があるの?」
みやの問いにとーまは俯いた。
「マネージャーからは何も聞いていないのか?」
「聞いてないわ」
「……何か知ってんのか?」
らきに詰め寄られ、とーまはゆっくりと顔を上げる。それから意を決したように口を開いた。
「たぶんマネージャーが辞めたのは俺のせいだ。俺が――」
重い空気がさらに重く、濁って全員の体にのしかかる。
「俺がらきのこと、好きだって知ったから」
「は?」
そしてその空気はまるでガラスのようピキッと音を立ててひび割れ始めた。




