とーまの過去
「自分がおかしいと知ったのは中学生の時だ――」
とーまは虚ろな目で鏡に映る自分を見つめながら過去について話し始めた。
あれ、と思ったのは小学生の時だった。別に女の子になりたかったわけじゃない。別に可愛いものが好きとか、可愛い洋服を着たいと思ったことはなかった。
かくれんぼやおにごっこ、ロボットアニメ、戦隊ヒーローショー……他の男の子が好きなものと自分が好きだったものはそれほど大差はなかった。
ただふとした違和感としてあったのは、おにごっこやかくれんぼ遊びをしている時に何故か男の子にドキドキした。
女の子も一緒に遊んでいたのに、何故か男の子を見ると顔が赤くなったし、体に触れられるとドキッとした。
距離が近くなるとどうしていいのかわからなくなった。
だけどそれは単に自分が人とコミュニケーションを取るのが下手なだけだと思っていた。
女の子にドキドキしないのは、逆に異性だからこそどう思われても構わない、同性はハブられたら集団行動に支障が出る、だから緊張しているのだ……そう思っていた。
だけどその緊張はいつまでたっても解けない。
「お前、いつも顔赤いよな? 大丈夫か? 熱でもあんじゃねえの?」
クラスメイトにおでこを触られたとき、心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほどうるさく鳴り響いて何も言えなかった。
そして明確に自分の恋愛対象が男なのだと気づいたのは、中学生の時だった。
初恋と言うならこの時だと思う。
隣の席だった彼は、成績優秀で読書が好きな知的な人だった。女の子にもそれなりにモテていたし、度々告白されたと噂は耳にしていた。
それでも恋人はいないと聞いていた。
誰にでも分け隔てなく、優しい彼に惹かれていた。気がつけば女の子と話しているのを見ると気が気じゃなくなっていた。
誰かに取られてしまうかもしれない、いつか恋人ができてしまうかもしれない、そう思うと目の前が真っ暗になって眩暈がした。
おかしいのかもしれないと分かってはいたが、彼なら受け入れてくれるかもしれない。都合のいい甘い解釈が背中を押した。
だから放課後、二人きりの教室で。
「好きだ」
告白をした。
「急にこんなこと言われても困る、よな……。けど、まずは俺の気持ちを知って、俺のことを知っていってほしい。少しでもいいから、考えてみてくれないか?」
吐きそうだった。
それでもちゃんと言葉に、口にできた時、ほんの少しだけ心が軽くなった。
初めて自分の気持ちを自分自身で認めることができた。そんな気がした。
だが、それは全部自身の甘い妄想と傲慢と勘違いだと気が付くのは一瞬だった。
「ごめん、無理なんだけど」
あまりにあっさりとした返事に返す言葉もなかった。まるで冷たい手でぎゅっと心臓を握りつぶらされているような、そんな感覚だった。
体の芯から冷えていく。指先が冷たくて震えた。
「普通に男同士ってありえないだろ。考えてくれって、考える間もなく無理です。お前の事、普通に友達だと思ってたけど……俺のこと、そんな気持ち悪い目で見てたん? もう二度と話しかけないでくれる?」
すべてを察した。
これが世間の意見なのだと。どんなに優しく見える彼でも、これが一般的な考えなんだと。
それからもう表面上に自分の想いを出すのは辞めた。
その後何人か好きになる人はいたけれど、絶対口にはしなかった。どうせ口にしたところで気持ち悪がられるだけ。
だから想いはずっと胸に仕舞っておいた。
自分の殻に引きこもることが増えて、無理に人と関わらなくなったことでネットを見る頻度が増えた。
SNSや動画を漁っているうちにメンズ地下アイドルに出会った。
そしてたまたま見かけたメンズ地下アイドルがBL売りをしていた。
「だから俺の求める世界はココにあるのかもしれないと思って、メンズ地下アイドルになったんだ。偽りでもいい。俺を肯定してくれる場所が欲しかった」
とーまは再び衣装に目を向ける。
「そしてらきはその場所を作ってくれた。それなのに俺は……」
みちるの胸がきゅっと痛んだ。
「らきは確かに肯定してくれた。けどそれはあくまで商業だ。なのに俺は勘違いして勝手に好きになって、挙句芝居でキスされただけでこんなに欲情してしまってる。こんなに気持ち悪いと、世間に気持ち悪がられると分かっているのに……俺は過去から何も学んでいない」
みちるにはとーまの気持ちが痛いほどわかる。自分の想いを貫き、否定され、居場所を求め彷徨う。まさしくみちるも同じだった。
己の小説を表現し、それは受け入れられる、面白いものだと勘違いし、世間に晒しては否定され、受け入れて欲しいと居場所を求め……そして見つけられないまま、みちるは諦めた。
「……とーまさんは、これからどうしたいんですか?」
「……俺は……」
衣装を握る手に力が入った。ぎゅっと衣装に皺が寄る。
「俺はめろらぶを続けたい。らきの夢を一緒に叶えたい。それが、居場所をくれたらきへの恩返しだ」
「…………」
みちるは鼻の奥がつんとした。
「それでとーまさんの気持ちは良いんですか? 続けると言うことは、とーまさんの気持ちを隠しながらこれからもらきさんと営業的に恋愛関係を続けると言うことですよ?」
「もちろん承知の上だ。マネージャーが今回のことを黙っていてくれるなら、俺はこれまで通り続けよう。だが、マネージャーが今回の件でめろらぶに悪影響だと判断し、俺を切るというのであればそれも受け入れよう。それが俺への罰だ」
とーまの目には、覚悟の色が宿っていた。みちるはその目を見て思う。
(ああ、私にはやっぱり無理だ……)
そしてみちるは静かに笑った。
「大丈夫です。言いませんよ。切りもしません。とーまさんのアイドルとしての覚悟は受け取りました。私が心配なのは心の方です。好きを隠すのは辛いんじゃないかと思いまして」
「……気遣いは無用だ。もう二度とこんなことはしないし、報われない恋は慣れている」
「……分かりました。では今日のことはなかったことにしましょう。クリーニングだけ、忘れないでくださいね」
「分かった。ありがとう、マネージャー」
その礼にみちるはどんな表情を浮かべていいのか分からなかった。ただ曖昧に微笑む。
そしてそそくさとレッスンルームを後にした。
空は暗く、星一つ出ていない。ひんやりとした風がみちるの頬を撫でる。春から夏へ移行するのはまだ時間がかかるようだ。
みちるは空を見上げ、呟く。
「私だって欲しかったんだから、奪えるわけないよ……」
手に入れられる者と手に入れられない者、その差は一つだ。
「私には……覚悟が足りなかったんだ」
何かを得るには何かを捨てなければならない。みちるは「プライド」を捨てきれなかった。




