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第4話 『ジャンク・ランク・バトル』



「おい! そこのメカニック! 頼みがある!!」


 冴島の冷徹な声が、薄暗いガレージの空気を凍りつかせた。

 オイルと鉄錆の匂いが充満する中、指名された気弱な少年カズは、ビクッと肩を震わせた。

 ジンに至っては、「アニキ!」と叫んだ直後に冴島の姿をみつけ、物凄い速さでUターンして、

ジャンクの山陰に隠れた。

「ひいぃ……執行銃だけは……」と

ガタガタ震えている。当然の反応だ。このスラムの住人にとって、「運営」とはすなわち死神と同義語なのだから。


「こ、断る……! か、関わりたくないんだ……! 運営になんて目をつけられたら、僕らみたいなゴミはすぐに消されちゃう……!」


 カズが勇気を振り絞って拒絶する。僕は冴島を制するように前に出ると、カズに向かって深く頭を下げた。


「頼む! 僕のスーツを強化してくれ! 時間がないんだ!」


「えっ……」


 カズは目を丸くする。運営がざわざフォロワーゼロの斗真くんの為に頼み事をしに来たってこと!?


「……君は、あのCランクのリュウジを倒したんだよね? なんで僕なんかに……」

「リュウジを倒せたのは、まぐれだ。……見てくれよ、これを」

 僕は焦げ付いたジャケットを捲り上げた。

リュウジの炎を受けた裏地は焼けただれ、ボロボロになっている。

「次の試合、このままじゃ確実に負ける。負けたら、僕は死ぬ」

「このスーツには防御力がないんだ」

 カズはおずおずと僕のスーツに触れた。ルーペで焦げた生地を確認し、すぐに困惑した顔になる。

「……えっと、これ、ただの焦げた布だよね? 回路も何もない、この世界じゃ防御力ゼロのただの服だ。僕がいじれるような機械的な要素は何もないよ」

「ああ、そうだ。でも、このままじゃ次の試合、最初の一撃で僕は死ぬ」

 僕はリュウジの炎で焼かれた脇腹をさすった。生身では限界がある。

「頼む。君のそのジャンクパーツで、このスーツを補強してくれ。見た目はどうでもいい。一発でも多く攻撃に耐えられる『鎧』にしてほしいんだ」

「……分かった。やってみる」

 カズが覚悟を決めたその時、ガレージの入り口、少し開いたシャッターの隙間から、その様子をじっと見つめる影があった。

     


その影は、そろぉーっと覗き込みながら俯くネロだった。


(……言えない)


 シャッターの陰に隠れたネロは、フードを目深に被り直し、胸元のぬいぐるみを強く抱きしめた。

 あのボロボロのスーツの男――にゃご丸の命の恩人。お礼を言おうと思って後をつけてきたけれど、あの男は今、それどころじゃないみたいだ。必死な形相で頭を下げている。それに、うさんくさい「運営」の男もいる。

(あの雰囲気の中に入っていくなんて、無理…

もう少し、機会を伺う…… ジーー)


 コミュ障が災いして、ネロは一歩も動けなかった。チュッパチャプスをカリカリと噛み砕きながら、斗真の必死な背中をネロは背中を丸めながらコソコソと見つめていた。

     

     ◇

 30分後。

 火花散る突貫工事が終わり

僕は、自分の姿を見下ろして絶句した。

「……こいつはすげぇ」

 僕の右腕と胸部には、カズが廃材置き場からかき集めた「ゴミ」が、ボルトとガムテープで無理やり固定されていた。

 胸当ては、錆びてひしゃげたドラム缶の底蓋。右腕のガントレットは、何かの機械の排気ダクトを切り開いたものに、ちぎれた配線コードが血管のように巻き付いている。

 焦げたスーツの上にこれを装着した姿は、「鎧」というよりは、巨大な磁石を持ってゴミ捨て場を転げ回った結果、金属ゴミが体に貼り付いてしまった不審者だ。

「ご、ごめん……素材がなさすぎて……」

 カズが申し訳なさそうに肩を縮こませる。

「いや、いい。防御力さえあれば」

 僕は強がったが、鏡がなくてよかったと心底思った。致命的にダサい。この格好は「歩く羞恥心」そのものだ。


     ◇

 アリーナへと続く薄暗い通路。壁の向こうからは、地響きのようなブーイングが聞こえてくる。

先程から冴島はコチラをチラチラと見てはクククと笑っているのかも知れない声を発して歩いている。

笑ったな!と思って顔をみるとスンっとした無表情なので笑っているのかはわからない。


「……行くぞ阿部斗真。お前の『価値』を証明してみせろ」


あのバグが本物かどうか見定めさせてもらおうか

静かにそう呟くと冴島が口元に冷笑を浮かべ

ゲートを開く。

     

 ネロは、冴島たちの会話が聞こえるギリギリの距離を保ちながら尾行していた。


(……疲れてきた………)


ガレージからでてきた

 斗真の姿を見てネロは思わず、ぷぴっ!と

吹き出した。錆びたドラム缶の蓋を胸に張り付け、腕にはゴミみたいな配線がぐるぐる巻きになっている。


(……ダサっww)


 思わず本音が漏れそうになって、慌てて口元を押さえる。


(今からバトルってゆってた……アレで行くの………?)


(確かアンダーアリーナってゆってた。バトル配信はリスナーが多かったはず……)


 にゃご丸の命の恩人が、これから大勢の前で恥をかく。そう思うと、胸がチクリと痛んだ。

でも、やっぱり声をかける勇気は出ない。ネロはテクテクと観客席へと続く通路へと足を向けた。


     

     ◇

 アリーナに入った瞬間、肌にまとわりつくような粘着質な悪意を感じた。

 そして、僕の姿がスポットライトに照らされた瞬間、会場の空気が一変した。

ブーイングが一瞬止み、

ざわめきと嘲笑の波が広がったのだ。


『うっわ、何あれダッサ!』

『リアルにゴミ着てんじゃんウケる』


 空中に浮かぶコメント欄が、僕の見た目を嘲笑う言葉で埋め尽くされる。

 僕はスマホをタップし、自身の配信を起動した。

ルール上、アリーナでは配信が義務付けられている。


サングラス型、メガネ型、コンタクトタイプのようなデバイスまで様々あるが、僕はスマホしか持ってないので、端の方にあるスマホ置き場に自身のスマホを置くとシステムと連携される仕組みのようだ。


 視界の端に、残酷な現実がホログラムUIで表示された。

【 同時接続数:0 人 】

 ゼロ。誰も見ていない。この広いアリーナで、僕は完全に孤独だった。

 対照的に、ステージの中央は煌びやかな光に包まれていた。

 対戦相手のDランクライバー、レン。そしてその隣には、煌びやかなドレスを着たトップリスナーのアバター、リサが実体化して立っていた。


「レン、こんな汚い場所、レンには似合わない。さっさと勝たせてあげるから終わったら、通常配信してよね。」


「……ん、リサ、ありがと」


 彼らの頭上には、僕とは比較にならない巨大なステータスウィンドウが、誇らしげに浮かび上がっていた。

【 同時接続数:12,543 人 】


「いっ!1万2000!?

しかも相手は2人ってことか?」


斗真の口から思わず声が漏れる。


 0対1万二千。これが、今の僕と対戦者との「リアル」な戦力差。


「ちょっとアンタ。私とレン君の時間、邪魔しないでくれる? さっさと死んでよ、ゴミ!」


 リサが指を鳴らすと、空中にチャリン!という決済音が鳴り響いた。

同時に、レンの周囲にピンク色の光の粒子が集まり、強固な『愛の鳥籠ケージ』となって彼を包み込んだ。高額防御ギフトの実体化だ。


『BATTLE START』

 開始のブザーが鳴る。

 思考するより先に体が動いた。床を蹴り、一気に距離を詰める。重いジャンクアーマーがギシギシと悲鳴を上げ、動くたびに熱がこもる。


「はあっ!」


 右の鉄屑ガントレットを、レンの顔面めがけて全力で叩き込む。


 ガギィィンッ!!


 拳が『愛の鳥籠』に触れた瞬間、想像を絶する硬度に弾き返された。衝撃で右腕の骨がきしむ。


「無駄よ。アンタみたいな底辺の攻撃、1ミリも通じないわ」


 リサが嘲笑う。焦る僕の耳元で、無数のハエが飛び回るような不快な羽音が響いた。

 違う。これは――コメントだ。

『調子乗んなゴミ』『死ね』『不快』

 視界を埋め尽くす罵倒の文字の群れ。それが次の瞬間、鋭利な針のような物理的な礫つぶてとなって、四方八方から僕に襲いかかった。

「ぐ、あぁっ!?」

 頬が切れる。肩に突き刺さる。物理的な痛みを伴う悪意の暴風雨。防ぎようがない。

「キャハハ! みんなも怒ってるわよぉ! ゴミのくせにレンに挑む姿勢が腹立つんだよぉ!ってね!」


 リサがスキルアイコンをタップした。

けたたましい音が響き、僕の足元の地面が赤く発光した。

 ジャラララッ!

 地面から出現した太いピンク色の光の鎖――束縛ギフト『嫉妬の鎖』が、生き物のように僕の両足に絡みつき、締め上げた。


「ぐああっ!?」


 動けない。熱い鎖が肉に食い込む。

ジャンクアーマーの熱が逃げ場を失い、

焦げたスーツ越しに皮膚を焼いていく。


『やばい! トウマさん、スーツの中がサウナ状態だ! このままだとヤバいよ!』


 カズの悲鳴が聞こえる。

 絶対防御の檻。それを支配する狂気のトップリスナー。そして、1万人の悪意によるリンチ。

 体は動かない。意識が熱で朦朧とする。応援はゼロ。

そこに容赦なく叩き込まれるレンからの攻撃。


 ……詰んだ。完全に。


「が、はっ……」

 膝をつき、血の味のする息を吐く。薄れゆく視界の端に、あの忌々しいコメントの嵐が見えた。


『ざまぁw』『はよ死ね』『レン君最高!』


 こいつら……安全圏から、言いたい放題言いやがって……。


   

 アリーナの観客席の最上段。ネロはフードを目深に被り、ステージを見下ろしていた。

「……ひどい」

 目の前で繰り広げられているのは、一方的なリンチだ。ゴミをまとった恩人が、1万2千人の悪意に晒され、血を流して倒れている。

 誰も、彼を見ていない。彼の配信の同時接続数は、残酷な「0」のままだ。


(……0人)


 ネロはその数字を見て、ハッとした。


(そっか……。私が、「リスナー」になればいいんだ)


 ネロは震える手で、自分のスマートフォンを取り出した。いつもは配信アプリの「配信開始」ボタンしか押さない画面。その検索欄に、

恩人の名前――『トウマ』と打ち込む。


 ヒットした配信ページは、初期設定のままで、アイコンすらなかった。

ネロは、意を決してそのページをタップした。

【 同時接続数:1 人 】

「……入れた」

 でも、画面の中の状況は変わらない。恩人は鎖に繋がれ、苦しんでいる。

 その時、対戦相手の隣にいる女のアバターが、また何かを投げた。チャリン、という音と共に、男を締め付ける鎖が強くなる。

「……あっ」

 ネロは理解した。

 (あの女、ポイントを使って攻撃してるんだ。ただ見てるだけじゃ、応援にならない……!)

 ネロは慌ててスマホの画面を操作した。


 「えっと、ギフト、ギフトはどこ…… リスナーやったことないから、わかんない……」


 普段はもらう側だから、贈る側の画面なんて見たことがない。焦って変なところをタップしてしまう。やっと見つけたギフトメニューには、色々なアイコンが並んでいた。

 ネロは自分のポイント残高を見た。Bランクの歌姫として稼いだ、膨大な数字。

「……いくら投げればいいの? わかんない。わかんないけど……」

 ネロの指が、一番大きくて、一番輝いている、とんでもない値段のアイコンの上で止まった。

 『降臨ギフト』

「……このくらいあれば、足りる?」


 にゃご丸の命の恩人。とりあえず押しとけ!というような勢いで課金ボタンをポチリと押した。


     ▲ ▲



 もう、終わりか。熱で意識が飛びそうだ。

 だがその時、絶望的な「0」を表示していた僕の視界の端で、カウンターがカチリと動いた。

【 同時接続数:1 人 】

「……え?」

 誰だ? こんなゴミの配信を見に来た物好きは。

 だが、驚く暇はなかった。

 次の瞬間。

 ドォォォォォォンッ!!!

 アリーナ全体を揺るがすような、けたたましい爆音が鳴り響いた。

 リサの課金音とは比較にならない、とてつもない音だ。

 な、なんだ!? 何が起きた!?

 僕の目の前に、見たこともない巨大なシステムウィンドウが、太陽のように眩しく出現した。

【 スペシャルサンクス! 】

【 視聴者「歌姫・ネロ」さんが、超高額ギフトを送信しました! 】

 そこに表示された数字を見て、僕は我が目を疑った。

【 降臨ギフト:1,000,000 Pt 到着 】

「……ひゃく、まん……?」

 アリーナの空気が、完全に静止した。

第4話いかがでしたでしょうか?


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