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第3話 『ライバーギルドでの出会い』


「はっ!マジかよぉ!あのリュウジを倒しちまったよ!」


「すげぇ!すげぇっす!自分、今日から、アニキって呼ばせてもらってもいいっすか?」

興奮した口調でジンが目を輝かせる。


「……おい。調子に乗るなよ底辺ども」


 リュウジの醜態を晒し、ザワザワとしていた路地裏の空気が、一瞬で凍りついた。

 頭上から、音もなく降下してきた数機の黒いステルスドローンが、冷たい影を落とす。そのボディには、この街の絶対的な支配者を示す『ADMIN(運営)』のロゴが刻まれていた。

「ひっ……本物の『運営』だ……!?」

「やべぇ、逃げろ……!」

 遠巻きに見ていた野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 ドローンが道を開け、その中心に一人の男が静かに降り立った。

 漆黒のスーツ。完璧に整えられた髪。銀縁眼鏡の奥から、感情の一切ない冷徹な瞳が覗いている。この街に着いた時に、僕をゴミ捨て場に捨てた男

――冴島一郎だ。

「初めまして。阿部斗真くん。……先程の生存といい、今の茶番といい、君は私の予測を裏切るのが好きなようだ」

 値踏みするような視線が、僕を貫く。僕は警戒して身構えた。

「……何の用だ。また僕を捨てに来たのか」

「まさか。スカウトですよ。君のような面白い『バグ』を、こんなゴミ捨て場に放置しておくのは惜しい」

 冴島は、僕の左手首のリストバンドに視線を落とした。

「それに君、もう時間がありませんよ?」

 言われて、デバイスを見る。リュウジ戦の勝利ボーナスで増えたはずの時間だったが、今はこう表示されていた。

 『 REMAIN: 00:55:30 』

「えっ、さっきまで1時間以上あったのに、もう……?」

「ふっ。この街のルールを理解していないようだね」

 冴島は冷酷に告げた。

「この街では呼吸するだけで『税金』がかかる。1分につき約15ポイント。それが『生存コスト』です。Dランク以下の君の稼ぎでは、あと55分生きるのがやっとだ」

 突きつけられた事実に、血の気が引いた。この世界は、ただ生きていることすら許さないのか。

「生き延びたければ、価値(数字)を示すしかない。来なさい。君のその力……使い道によっては、生きる価値が生まれるかもしれません」

 冴島が指を鳴らすと、空間に立体映像のゲートが出現した。

 これは命令だ。拒否権はない。何より、このゲートの先には――あの塔がある。

 僕は意を決し、光のゲートへと足を踏み入れた。

     ◇

 ゲートをくぐると、そこは別世界だった。

 腐臭は消え、代わりに人工的なフローラルの香りが鼻をくすぐる。眼下には、煌びやかなネオンサインと、幸せそうに笑う清潔な人々が行き交う、ライバーシティの上層エリア。

 エレベーターは最上階近く、雲を突き抜けた先にある『ライバーギルド本部』で停止した。高級ホテルのロビーのような広大な空間だ。

「ここがギルドです。SランクからBランクの上位ライバーのみが出入りを許される、選ばれた者の聖域」

 冴島の説明も上の空で、僕は視線を彷徨わせた。いるはずだ。この塔のどこかに。

 その時。ロビーの奥、巨大な強化ガラスで仕切られた美しい空中庭園に、人影を見つけた。

「……あ……!」

 息が、止まった。

 心臓が、早鐘を打つどころか、破裂しそうになった。

 天使真白。僕の、最推し。

 映像ではない。本物の、生身の彼女が、わずか数メートル先の噴水に腰掛けている。

「うそ、だろ……っ」

 思考が停止した。脳内物質が暴走して、視界がチカチカする。

 本物だ。本物のましろちゃんだ!

 画面越しに見ていた何千倍も美しい。銀色の髪が光を透かして輝いている。存在そのものが奇跡だ。同じ空間にいるという事実だけで、涙が溢れて止まらない。

「ましろちゃん……!」

 推しへの抑えきれない想いが足を動かした。伝えたいことが山ほどある。いつも見てます。応援してます。あなたの歌に救われました――!

 僕はガラスに駆け寄り、その姿に手を伸ばした。

 バチィィンッ!!

「ぐあぁっ!?」

 ガラスに触れる寸前、青白い火花が散り、強烈な衝撃が僕の手を弾き飛ばした。指先が痺れ、焦げ臭い匂いがする。強力な不可視のバリアだ。

 その音に気づき、庭園の中の真白が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

「……あ……」

 ガラス越しに、視線が交錯する。初めて、肉眼で合う目。

 だが、その美しい瞳には、僕の姿は映っていなかった。焦点が合っていない。まるで、ガラスの向こうの景色など存在しないかのような、虚ろで感情のない目。人形のような、死んだ目。

 ――違う。

 僕の知っている彼女は、そんな顔じゃない。画面の中で僕らに希望をくれていた、あの笑顔はどこへ行った?

 この美しい鳥籠の中で、彼女は何かに囚われている。第2話で見た、飛び降り未遂の光景がフラッシュバックする。

「無駄ですよ。彼女はSランクの『天使』。君のような『ゴミ』とは、住む世界が違うのです」

 背後から冴島が嘲るように笑う。

 物理的な壁だけじゃない。僕と彼女の間には、神と虫けらほどの、残酷な格差の壁が聳え立っていた。

 ――でも。

 僕は、痺れの残る拳を強く握りしめた。歓喜は消え、代わりに腹の底から熱いものが込み上げてくる。

 あの虚ろな目。あれが、僕の推しの本心であるはずがない。

 もし、僕のスキルが――リュウジの嘘を暴いたように、この世界の「虚構」を剥がせる力なら。

 この残酷なシステムの壁も、彼女を縛り付ける見えない鎖も、いつか壊せるんじゃないか?

「……見てろよ」

 ガラスの向こうの背中に向かって、僕は心の中で呟いた。

 必ず、そこへ行く。この理不尽な世界をひっくり返して――もう一度、あの本当の笑顔を見るその日まで、僕は絶対に死なない。

「――気が済みましたか? 行きますよ。君にはまだ、ここへ入る資格はない」

 冴島が冷たく言い放つ。僕は最後に一度だけ真白を見つめ、踵を返した。

 ロビーを出ようとした、その時だった。

「――って、なんだこれ。汚ねえな」

 前を歩いていた、煌びやかな衣装の上位ランカーらしき男が、足元の小さな猫のぬいぐるみを蹴り上げた。

 片目が取れかけ、毛並みもボロボロで薄汚れている。この美しい上層階には似つかわしくない、ゴミのような代物だ。

「チッ、誰だよこんなゴミ落とした奴。気分悪い」

 男は躊躇なくそれを近くのダストシュートへ投げ捨てた。ぬいぐるみは抵抗することなく暗い穴の中へと吸い込まれていった。


-ガタン。


 その光景が、ひどく胸に刺さった。ボロボロで、価値がないと捨てられた存在。今の僕と同じだ。

「……おい、何をしているんです」

「……別に」

 僕は冴島の目を盗み、ダストシュートに手を突っ込んで、それを拾い上げた。「にゃご丸」。首輪のタグにそう書いてあった。

「お前も、俺と一緒だな」

 そう呟いて、焦げ付いたスーツの胸ポケットに、そのぬいぐるみをそっとねじ込んだ。

そうして冴島と共に歩き始めた時に僕の視界にとびこんできたのは、

 目深に被った黒い猫耳付きのフード。

ダボダボのパーカー。

口元にはチュッパチャプスの棒。そんな小柄な人物。何かに怯えるようにキョロキョロしていたが、僕の胸ポケットを見るなり、ギョッとして悲鳴を上げた。

「――っ、にゃご丸っ!!!」

 ロビーに響き渡る絶叫。周囲のエリートたちが眉をひそめる中、フードの人物は脱兎のごとく駆け寄ると、僕の目の前で急停止し、鋭い視線で睨みつけてきた。

「…………かえして!」

 一転して、威嚇する猫のような、消え入りそうな小声。

 僕は驚きつつも、ポケットから「にゃご丸」を差し出した。彼女はそれをひったくるように受け取り、愛おしそうに胸に抱きしめる。

 その時、フードの隙間から覗いた、切れ長の冷ややかな瞳と目が合った。

 ――あ。

 思い出した。この世界に来た最初の電車で、僕をゴミを見るような目で見下して去っていった、あの氷のような美女だ。フードを被っているから分からなかったが、間違いない。

 彼女はハッとしたように再び僕を警戒すると、脱兎のごとく柱の陰へと戻っていった。

「……Bランクの『歌姫』、ネロですね。コミュ障で挙動不審だが、圧倒的歌唱力をもっていてリスナーからは氷の歌姫と呼ばれています」

 冴島が面倒くさそうに呟く。あの美貌で、コミュ障の歌い手……? やはり、ライバーシティというだけあって、個性的な人ばかりだ。

「さあ、行きますよ。君を『使える駒』にするために、相応しい場所へ案内しましょう」

 冴島が不敵に笑い、再びゲートを開いた。

     ◇

 柱の陰で、ネロは震える手でにゃご丸を抱きしめていた。

 よかった。もう二度と会えないかと思った。大事な、唯一の友達。

 ふと、さっきの男の姿を思い出す。ボロボロのスーツを着た、底辺の男。

あの2人が歩き出したあと、ヒソヒソと笑い声が聞こえた。

「あのボロスーツの男、1度ゴミ箱に捨てられた物を漁ってたよ」

「えー!汚いし、キモーい!」


 あの男は、にゃご丸を盗んだわけじゃなかったんだ。。。

1度捨てられたこの子を、わざわざゴミ箱から拾い上げてくれたのだ。

(……にゃご丸の、命の恩人)

 ネロは、男たちが去っていったゲートの方角を、フードの下からじっと見つめた。

 チュッパチャプスを噛み砕く音が、小さく響いた。

「……お礼、言わなきゃ」

 ネロは意を決し、男と冴島が消えたゲートへと、こっそり足を踏み入れた。

     ◇

 転送された先は、煌びやかなギルドから一転し、

 スラムと中層の狭間にある、薄暗い工業エリア。

オイルと鉄の錆びた匂いが鼻をつく。

 目の前のシャッターが、重苦しい音を立てて開いた。

 中は広大なガレージになっていた。ジャンクパーツが山のように積まれ、中央では火花が散っている。

「お、おいカズ、まだ直らねぇのかよ……! あいつ、あの『運営』の男が戻ってきたらどうすんだよ……っ」

 見覚えのある男、ジンが落ち着きなくウロウロしながら、怯えた声を出していた。執行銃を持つ運営をみて以来、恐怖を引きずっているようだ。


 僕に残された時間は、あと50分もない。

 このスーツじゃ、次の戦いで確実に死ぬ。生き残るためには、こいつらの力が必要だって事か。。。


 すると、冴島が口を開いた

「おい! そこのメカニック! 頼みがある!!」

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