第2話 『天国と地獄の境界線』
第2話です!
鼻を突く腐臭と、湿ったコンクリートの冷たさで目が覚めた。
重い瞼を持ち上げると、視界がぼやけている。ここは……路地裏のゴミ捨て場か。
「……っ、う……」
体を起こそうとして、激痛に顔をしかめる。全身が鉛のように重い。
僕は、生きているのか?
慌てて左手首のデバイスを見る。
『 REMAIN: 01:02:15 』
「ふ、増えてる……!」
気絶する直前、残り数秒だったはずのカウンターが、約1時間分まで回復していた。
僕は震える手で、傍らに落ちていた泥だらけのスマートフォンを拾い上げた。画面には、配信終了後のリザルト画面が表示されていた。
【 STREAM RESULT 】
総配信時間: 00:32:15
最大同時接続数: 1人
獲得ギフト: 1,000 pt(ユニーク花火 ×1)
「1000ポイント……花火?」
履歴には、夜空に咲く極彩色の花火のアイコンが輝いていた。
どうやら僕が気絶した後も、30分間は配信が続いていたらしい。30分間の無言・無動作で自動切断される仕様のおかげで、僕はただの死体映像を垂れ流して終わったわけだ。
そんな放送事故に、誰が大金を払うというのか。
「誰だか知らないけど……ありがとう」
顔も知らない「1人」の視聴者に感謝し、僕はよろめきながら立ち上がった。
頭の中を整理しなければならない。
いつもの通勤電車に乗ったはずが、到着したのは**『ライバーシティ』。
その名前には聞き覚えがあった。僕の推し、天使真白が所属している大手ライバー事務所の名前も『ライバーシティ・プロダクション』**だ。
推しと同じ名前の街。そして、リストバンドによる寿命管理。
「夢じゃ、ないんだな」
頬をつねる。痛い。
僕はフラフラと歩き出した。水がいる。情報がいる。
見上げれば、頭上の空はドローンとネオン看板で埋め尽くされている。しかし、この路地裏には光は届かない。壁にはスプレーの落書き、足元には壊れた配信機材の残骸。
しばらく歩くと、視界が少し開けた場所にでた。
そこから、遥か頭上、雲を突き抜けるように聳え立つ白亜の巨塔――『ヘヴンズ・タワー』が見えた。
「でかい……」
街の支配者たちが住む場所。ここからでは、天と地ほどの差がある。
その最上階、遥か天空のテラスに、米粒のような小さな白い影が見えた。
「……っ!?」
距離にして数百メートル。普通なら見えるはずがない。
だが、推し続けてきた僕の目は誤魔化せない。あの銀髪の輝き。
「ましろ、ちゃん……?」
心臓が跳ねた。だが次の瞬間、僕の血液が凍りついた。
彼女は、テラスの手すりの上に立っていた。
強風に煽られる白いドレス。彼女は、ゆっくりと虚空に向かって両手を広げ、片足を踏み出したのだ。
――飛ぶ気か?
「だめだッ!!」
届くはずもないのに、僕は叫んでいた。
その時。テラスの奥から黒い影が現れ、彼女の腕を乱暴に掴んで引きずり下ろした。彼女が抵抗するような仕草を見せ、二人の姿は建物の中へと消えていった。
「……あ……」
幻覚じゃない。彼女は今、死のうとしていた。
いつも画面の中で「幸せを届ける天使」として笑っていた彼女が、自ら命を絶とうとするほど追い詰められている。
「ふざけんなよ……」
こみ上げる怒りと無力感。この街は、僕の天使に何をしているんだ。
僕は拳を握りしめ、再び歩き出した。生きて、あの塔へ行かなきゃいけない。
しばらく行くと、廃墟のようなコンクリート剥き出しの建物に出た。人の声がする。
「――はいっ! というわけでね、今日もここで耐久配信やってくぜー!」
「ジンくん、カメラずれてるよぉ」
「うっせナナ! これが臨場感だろ!」
「……お腹すいた」
「カズ、Wi-Fi監視しろよ。途切れたら命取りだぞ」
4人の若者たちが、古ぼけたスマホを囲んで配信をしていた。
金髪の男、ツインテールの少女、無口な女、メカニック風の少年。彼らの服はボロボロで、必死そのものだった。
(人だ……!)
僕は安堵感から、彼らに近づいた。
「あ、あの……すみません」
「え? 誰?」
「ちょ、待って、誰か来たんだけど」
4人がビクリと振り返る。彼らの視線が、僕の泥だらけの**「ビジネススーツ」**に釘付けになった瞬間、金髪の男の顔色がサッと青ざめた。
「ッ!? やべぇ、スーツだ!!」
「えっ、嘘、ここ巡回ルートじゃないよね!?」
彼らはパニックになり、慌てて配信を切断した。
「すんません! 許可区域外で配信してたわけじゃないんすよ!」
「機材も盗品じゃないです! ジャンク屋で買った正規品です!」
彼らはガタガタと震えながら、僕に哀願してくる。
スーツ姿=運営という誤解か。
「あ、あの、僕はただ道を……」
僕はハンカチで顔の泥を拭おうと、スーツの内ポケット(懐)に手を伸ばした。
その瞬間だった。
「ヒィッ!?」
「だ、出た!! 構えろッ!!」
ジンたちが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように飛び退き、地面に頭を擦り付けた。
「ま、待ってください! 命だけは! 執行銃だけは勘弁してくださいぃぃッ!!」
「まだ死にたくない! あと3分待つなんて嫌だぁぁ!」
(……執行銃? 3分待つ?)
彼らの怯え方で、僕は直感した。この街には、運営だけが持つことを許された、**「物理的にライバーを殺す銃」**があるのだと。
(……これは、使えるかもしれない)
僕はゆっくりと、内ポケットから手を抜くふりをして、服の上から指鉄砲の形を突き出した。
「……コホン。いいだろう。私は新任でね。この辺りの『常識』を忘れてしまった。お前たち、復唱してみろ。合格なら見逃してやる」
「は、はいっ!!」
ジンが脂汗を流しながら、早口でまくし立てた。
「ここはDランク以下のゴミ溜め『ジャンク・ヤード』! 俺らはポイント稼げないと脳が焼かれて死ぬんで、必死に配信してます! 運営様の『執行銃』に撃たれたら、アカウント凍結されて3分後に脳が焼き切れて死にます! 以上です!!」
なるほど。簡潔でわかりやすい。この街は、想像以上の地獄らしい。
「……よろしい。合格だ」
僕が指鉄砲を下ろそうとした、その時だった。
「おいおいおい〜? 何やってんだ底辺どもぉ?」
ド派手なエフェクト音と共に、新たな男が現れた。
ギラギラのジャケットを着た、中肉中背の男。頭上には**『Ryuji』というARネームと、『Cランク』**の文字が輝いている。
「リュ、リュウジさん……!」
「今月の『場所代』、まだ払ってねえよなぁ?」
リュウジはニヤニヤしながら、ナックルダスターを嵌めた拳を鳴らした。
「金がないなら、その女置いてけよ。俺の配信のオモチャにしてやるからさぁ!」
「や、やめてください!」
リュウジがツインテールの少女・ナナの腕を掴む。僕はとっさに前に出た。
「やめろ」
「あぁん? 誰だテメェ。……スーツ?」
リュウジは一瞬怯んだが、すぐにニヤリと笑い、片目のスカウターを操作した。
「……驚かせやがって。テメェ、運営じゃねえな?」
バレた。運営なら、ステータスが「ADMIN」になっているはずだ。だが僕の頭上に表示されているのは……。
「フォロワー0の雑魚じゃねえか!! ギャハハハ! 運営を騙るとはいい度胸だなぁオイ!」
リュウジが指を鳴らすと、彼の周囲に赤い魔法陣のようなARエフェクトが展開された。視聴者からの「攻撃ギフト」だ。
「死ねよ、詐欺師!!」
ドォォォン!!
炎の塊が僕を直撃した。
「ぐあぁッ!?」
熱い。痛い。服が焦げ、皮膚が焼ける。これは映像じゃない、現実の痛みだ!
「逃げろアンタ! 殺されるぞ!」
ジンが叫ぶ。だが、足が動かない。
「ヒャッハー! 燃えろ燃えろ! 俺のリスナーも『もっとやれ』って言ってるぜぇ!」
リュウジの背後には、無数のコメント弾幕が浮かんでいる。『燃やせw』『調子乗んな雑魚』『キモい』。それらの悪意ある言葉が、鋭利な礫となって僕の全身を切り刻む。
「が、はっ……」
地面に這いつくばる。痛い。怖い。死にたくない。
でも、ここで逃げたら――あの塔の上にいる彼女に、一生届かない。
その時。僕の脳内にだけ、無機質なシステム音声が響いた。
『被ダメージ検知。悪意エネルギー吸収を開始……』
『……充填率 40%……60%……』
「な、んだ……これ……」
殴られるたびに、焼かれるたびに、体の奥底からどす黒い熱が湧き上がってくる。痛みが、力に変わっていく感覚。
『……80%……100%……』
「おいおい、もう動かねえのかぁ? つまんねえ奴!」
リュウジがトドメの火球を作り出す。
僕は、血反吐を吐きながら立ち上がった。目の前に、赤いウィンドウが点滅している。
『警告。充填率 120%到達。限界突破』
『固有スキル【リアル・エクスポーズ(虚構剥離)】を発動しますか? > YES / NO』
スキルの意味なんてわからない。でも、この力が「勝機」だというなら。
「……なんでもいい……!」
僕は叫んだ。
「勝たせろぉぉぉッ!!」
僕は心の中で、血塗れの指で**『YES』**を叩きつけた。
カッ!!
僕の右拳が、赤黒い稲妻を纏って発光した。
「あぁ? なんだそのショボい光は! 消し炭になりやがれ!」
リュウジが火球を放つ。僕は逃げなかった。正面から突っ込み、その火球ごと、リュウジの顔面めがけて拳を振り抜いた。
「うおおおおおおッ!!」
バリーンッ!!
何かが割れる音が、路地裏に響き渡った。
リュウジの顔を覆っていた「イケメン補正フィルタ」と、全身の「装備ギフト」が、ガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。
「ぶべらっ!?」
リュウジが吹き飛び、壁に激突する。煙が晴れたそこには――先ほどのギラついた男はいなかった。
いたのは、頭髪の薄い、青白い顔をした小太りの中年男だった。
「ひ、ひぃぃ……! 暴力反対! ママァ! 助けてよぉ!」
情けない悲鳴。僕のスキルは、相手の「演出(嘘)」を強制解除し、さらに「本音」を垂れ流す強制マイクを起動させていた。
『うわ、なにこれ』『おっさんじゃん』『詐欺乙、解除します』
空中に浮かぶリュウジのコメント欄が、ドン引きする声で埋め尽くされる。同接数が、凄まじい勢いでゼロに向かって落ちていく。
僕は拳を突き出したまま、荒い息を吐いた。
勝った。わけもわからないまま、僕は初めてこの街で、敵をねじ伏せたのだ。
◇
――上空300メートル。
静止衛星軌道上から飛来した一機のステルスドローンが、その一部始終を録画していた。
その映像は、ヘヴンズ・タワー最上階にある、とある執務室の巨大モニターに映し出されていた。
「……ほう」
映像を見ていた男――冴島一郎は、銀縁眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
漆黒のスーツ。完璧なまでに撫で付けられた黒髪。その風貌は、この街の支配層たる冷徹な知性を漂わせている。
「システム外のスキル発動。しかも、対象の虚構を物理的に破壊したか」
彼の目の前のモニターには、赤黒い光を放つスーツ姿の男――阿部斗真の姿が大写しになっている。
「昨夜の『エラー』は、ただのバグではなかったようですね」
冴島は興味深そうに目を細めた。その瞳の奥には、獲物を見つけた猛禽類のような、危険な光が宿っていた。
「……面白い。回収に向かいましょうか」
彼は優雅な動作で立ち上がり、部屋を出て行った。
彼が去った後のモニターには、斗真の顔写真と共に、赤字でこう表示されていた。
【 TARGET ID: UNKNOWN 】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
作者のポコです。
第2話『天国と地獄の境界線』、いかがでしたでしょうか?
今回は、怒涛の展開でしたね!
ヒャッハーな敵・リュウジの襲来!
なろう系らしいスカッとする「ざまぁ」要素と、配信をテーマにしたこの世界観ならではのギミックが、うまくハマった熱いバトルになったと思います。リュウジのイケメンフィルターが割れるシーンは、書いていて最高にスカッとしました!
さて、ラストでは、全てを上空から監視していた冷徹なエリート・冴島一郎がいよいよ動き出しました。
「イレギュラー」として目をつけられた斗真の運命やいかに!?
次回、物語の舞台は、路地裏から一気に「上層」へと移ります。
そして、遠くから見つめることしかできなかった「彼女」との再会は――?
続きが気になる! 面白かった! と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価、感想コメントなどをいただけると、執筆の爆速な励みになります!
それでは、第3話でお会いしましょう!




