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第1話 『価値なき者の生存時間(ライフ)』

フォロワー数、投げ銭、同接人数、、、

数字、数字、数字!

数字が全ての価値を決める街に突如迷い込んだ主人公。


スキルなし、金なし、コネなし。

あるのは負け顔と、溢れんばかりの推しへの愛のみ

最底辺から全てをひっくり返せるのか!?


地獄のようなデスマネーゲーム。

僕の挑戦が始まる!



「やばい、やばい、やばい……ッ!!」

 心臓が早鐘を打ち、革靴がアスファルトを叩く乾いた音が、僕の鼓膜を内側から殴りつける。

 駅までの全力疾走。額から吹き出した汗が目に入って痛い。ワイシャツは背中に張り付き、呼吸をするたびに鉄の味が喉に広がる。

 現在時刻、午前8時14分。

 いつもの8時15分発の急行電車に乗れなければ、会社に遅刻する。

 先週、ミスを押し付けてきた上司に「次はねえぞ、無能」と宣告されたばかりだ。今日遅刻すれば、本当にクビが飛ぶかもしれない。借金取りに怯え、なけなしの給料をむしり取られるだけの、色のない日常。それでも、この蜘蛛の糸にしがみつくしか、僕には生きる術がない。

「はぁ、はぁ、頼む……ッ!」

 改札をSuicaで叩くように通過し、階段を転がり落ちるように駆け下りる。

 発車ベルが鳴り終わるのが聞こえた。無慈悲なアナウンスと共に、ドアが閉まり始めている。

「うおおおおッ!」

 僕はなりふり構わず、閉まりかけたドアの隙間に体を滑り込ませた。

 カバンが挟まりかけたが、無理やり引き込む。

 プシューッ。背後で空気が抜けるような音がして、ドアが完全に密閉された。

「……セ、ーフ……か」

 膝に手をつき、荒い息を整える。

 よかった。これで今日も、あの死ぬほど退屈で辛いデスクワークに向かえる。生き延びた。

 顔を上げ、吊り革を掴もうとして――僕は強烈な違和感に気づいた。

「……え? 座れる?」

 いつもならこの時間は、身体が宙に浮くほどの満員電車だ。サラリーマンの死んだ目と、押し殺した溜息が充満しているはずの車両。

 なのに今日は、奇妙なほど空いていた。

 車両には数人の乗客がいるだけ。彼らは皆、スマホを見ることもなく、虚空を見つめて座っている。

「ラッキー……」

 思考停止した脳みそで呟き、僕は深く考えずに空いていたシートにドサリと腰を下ろした。

 全身の力が抜ける。

 と同時に、僕はスラックスのポケットからスマートフォンを取り出した。

 会社に着くまでの30分。この時間だけが、僕の人生に残された唯一の「色彩」であり「救い」だ。

『みなさーん! おはようございましろ〜! 天使真白あまつかましろですっ!』

 イヤホンから流れる、鈴を転がしたような声。画面の中がパッと桜色に輝く。

 透き通るような銀髪に、あどけなさが残る大きな瞳。フリルのついた白い衣装。

 画面の中で、天使真白ちゃんが、僕だけに向けて微笑んでいる(ように見える)。

「あぁ……ましろちゃん……」

 マスクの下で、ふやけた吐息が漏れる。

 裏切られた友情も、消えた貯金も、パワハラ上司の罵倒も、彼女のこの笑顔があれば耐えられる。彼女こそが、僕の宗教であり、生きるための酸素だ。

『今日はね、みんなにお願いがあるの。今度のイベント、どうしても1位になりたいの……! 私を、もっと高い景色に連れて行ってくれる?』

 潤んだ瞳での上目遣い。

 ――ああ、連れて行くよ。

 僕の人生なんて安いものだ。来月の家賃も全部投げエールに変えて、君に捧げよう。君が笑ってくれるなら、僕は路たれ死んだって構わない。

 画面に夢中になっていた僕は、ふと、スマホのステータスバーの時計に目をやった。

 【 08:13 】

「……ん?」

 瞬きをする。

 8時13分?

 おかしい。僕は8時15分の電車に、発車ギリギリで飛び乗ったはずだ。

 左腕の腕時計を見る。秒針は確かに8時16分を回っている。

「なんだ? スマホの故障か?」

 その時だった。

 イヤホン越しに聞こえる真白ちゃんの声を遮るように、奇妙な車内アナウンスが響いた。

『ご乗車ありがとうございます。この電車は、選別者専用、特別急行です』

 聞いたことのない声だ。

 機械的で、どこか楽しげな響き。背筋がゾクリとするような、冷たい予感を孕んだ声。

『次は〜、ライバーシティ。ライバーシティ。』

「ライバー……シティ?」

 聞き間違いかと思った。そんな駅名、この路線にはない。

 だが、アナウンスは残酷な宣告を続ける。

『あなたの"価値"が、全てを決める街。

 降り口は、右側です。なお、一度降りますと、**"あちら側(日常)"**には戻れませんのでご注意ください』

 ガタンッ!

 電車が大きく揺れ、急ブレーキがかかる。慣性で体が前のめりになった。

 ふと見た窓の外。

 そこにあるはずの、見慣れた灰色の雑居ビル群がない。

 代わりに広がっていたのは、視界を焼き尽くすほどの極彩色のネオンだった。

 空を埋め尽くすドローンの群れ。ビルの壁面という壁面に設置された巨大モニター。そこには無数の人間の顔、顔、顔が映し出され、数字が目まぐるしく変動している。

「なんだよ……これ……」

 プシューッ。

 ドアが開く。

 流れ込んできたのは、湿った雨の匂いではなく、電子機器の排熱と、甘い香水の匂い。

「……邪魔」

 呆然と立ち尽くす僕の肩に、何かがぶつかった。

 振り返ると、モデルのようにスタイルの良い女性が立っていた。氷のように冷ややかな美貌。彼女は僕を一瞥すらせず、ヒールの音を響かせてホームへと降りていく。

「おっしゃー! 着いたァ! ここが伝説の街かよ!」

「ちょ、たっくん声デカいって! 恥ずかしいよぉ〜」

 続いて降りてきたのは、派手なジャージを着た大柄な男と、小柄な彼女のカップル。手には自撮り棒を持ち、まるでテーマパークに来たかのようなはしゃぎぶりだ。

 僕もつられるように、ふらふらとホームに降り立つ。

 背後でドアが閉まり、乗ってきた電車は音もなく闇の中へ消えていった。

 取り残されたのは、僕と、さっきの3人。

 そして――。

 改札の向こうから、一人の男が歩いてくるのが見えた。

 仕立ての良い漆黒のスーツ。

 整髪料で完璧に撫で付けられた黒髪のツーブロック。

 切れ長の目の奥には、怜悧な知性が宿り、銀縁の眼鏡がネオンの光を反射して冷たく光っている。

 その風貌は、ビジネスマンというよりは、知的なヤクザ――「インテリヤクザ」と呼ぶにふさわしい、危険な色気を放っていた。

 男は、氷の美女と騒がしいカップルを見て、口の端を優雅に釣り上げた。

「ようこそおいでくださいました。選ばれしクリエイターの諸君」

 男の声は、よく通るバリトンボイスで、どこか演劇じみていた。

「私はこの街の案内人、冴島さえじまと申します」

「案内人? ってか、アンタが運営の人?」

 ジャージの男が気安く話しかける。

 冴島と呼ばれた男は、にこやかに頷いた。

「ええ。君たちの手首をご覧なさい。そこに表示されている数字こそが、この街のルールであり、神です」

 言われて手首を見る。

 僕の左手首には、いつの間にか黒いリストバンドのようなデバイスが皮膚に焼き付くように装着されていた。そこには赤いデジタル数字が浮かんでいる。

「この『ライバーシティ』において、フォロワー数、同時接続数といった『数字』は、そのまま通貨となります。水を買うのも、住居を得るのも、全てはその数字次第。トップランカーになれば、この世の全ての富と名声が手に入る」

「マジかよ! 最高じゃん!」

「私たち、フォロワー10万人いるから、いきなりセレブだねっ!」

 カップルが手首を見せ合う。彼らのデバイスには『100,000』という数字が輝いていた。先ほどの美女の手首にも、桁違いの数字が表示されている。

 冴島は満足げに頷き、そして――ふと、視線を僕に向けた。

 その瞬間、彼の瞳から「営業用」の温度が消えた。

 ゴミを見るような、あるいは計算違いのバグを見つけたプログラマーのような、無機質な視線。眼鏡の奥の瞳が、僕を値踏みするように細められる。

「……君は?」

「え、あ、僕は……」

 冴島は手元のタブレットを操作し、眉をひそめた。

「(……リストにない。到着時刻8時13分のエラーログ。本来なら『扇動の天才』が到着する枠に、とんだノイズが紛れ込んだものだ)」

 彼は僕の手首を一瞥する。

 そこにある数字は、無慈悲なまでにシンプルだった。

 『 0 』

「(初期値ゼロ。一般人か。……ふん、まあいい)」

 冴島は僕への興味を完全に失ったようで、すぐに視線をエリートたちに戻した。

「さあ、案内しましょう。君たちのために、タワーマンションの上層階を用意してあります」

「やったー!」

「行くぞ!」

 3人は冴島に連れられ、光り輝く改札へと向かう。

 僕は慌てて声を上げた。

「あ、あの! 僕は!? ここはどこなんですか!?」

 冴島は立ち止まりもせず、背中越しに冷淡に言い放った。

「君への案内はありません。出口はあちらです」

 彼が指差したのは、ネオンの光が届かない、薄暗い路地裏へと続く階段だった。

「……は?」

 どういうことだ。

 僕だけ仲間外れ? いや、そもそも手違い? 帰れるのか?

 混乱しながら、僕はとりあえず彼らが去った方向へ歩き出そうとした。

 その時だった。

 ズキン。

 脳を直接ハンマーで殴られたような激痛が走り、僕は膝をついた。

「ぐ、あ……ッ!?」

 視界が砂嵐のように明滅する。

 指先が痺れ、心臓が早鐘を打つ。息ができない。酸素が薄くなったかのように、肺が喘ぐ。

 まるで、水の中に放り込まれたような窒息感。

 な、なんだこれ。病気? 発作?

 脂汗を流しながら、僕は左手首を掴んだ。

 さっきまで『0』と表示されていたデバイスの数字が、凄まじい勢いで変動していた。

 『 REMAIN: 00:03:00 』

 『 00:02:59 』

 『 00:02:58 』

 秒刻みで減っていく数字。

 直感的に理解した。これは、金じゃない。

 僕の、寿命だ。

『警告。承認エネルギー低下。生命活動維持が困難です』

 頭の中に直接、機械音声が響く。

「ま、待ってくれ……死ぬ? 僕が?」

 遠ざかる冴島の背中が、揺らめく視界の端に見えた。

 彼は一度だけ振り返り、ニヤリと嗤ったように見えた。その整った口元が動く。

 ――せいぜいあがけ、"価値なきゴミ"よ。

「だ、誰か……」

 路地裏の湿ったコンクリートに這いつくばる。

 目の前には、汚れた水たまり。そこに映るのは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、情けない男の顔。

 

 『 00:01:30 』

 死にたくない。

 まだ、真白ちゃんに会ってない。

 推しに、愛を伝えてない。

 こんな路地裏で、誰にも知られずに消えるなんて嫌だ。

「見つけて……くれ……」

 僕は震える手でスマホを掴んだ。

 いつの間にか、画面には見たことのない配信アプリが起動している。

 インカメラを自分に向ける。

 プライドも、羞恥心も、全て捨てた。

 配信開始ボタンを押す。

『LIVE START』

「誰か……! 誰でもいい、僕を見てくれ……!!」

 喉が裂けるほど叫んだ。

 誰もいない路地裏で。

 数字の暴力に支配されたこの街の片隅で、命乞いのように喚き散らす。

 『 00:00:10 』

 目の前が真っ暗になる。

 意識が途切れる寸前。

 視界の端のカウンターが、カチリと動いた。

 《 視聴者数:1 》

 ピタリ。

 手首のカウントダウンが止まった。

 ほんの少し、肺に空気が戻ってくる。首の皮一枚、命が繋がった音だった。

 薄れゆく意識の中で、僕はモニターの向こう側を見る。

 

 高層ビルの最上階、街を見下ろす巨大なスクリーン。

 そこに映っていたのは、僕の推し――天使真白の、どこか悲しげな笑顔だった気がした。

お読みいただきありがとうございます!

突然のデスゲーム、そして数字が寿命になる世界……。

主人公はここからどうやって生き延びるのか、そしてヒロインとの出会いは?

次回から怒涛の展開になります。

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