2.合理の壁
翌日。新生徒会長・桐生が打ち出した第一の改革案が、全校集会を待たずして各部活動の部長に電子通知された。その名も「中庭景観美化計画」。
この計画は、乱立する看板やポスターが学校の品位を損ない、情報の伝達を阻害しているという桐生独自の厳しい現状分析に基づいたものだった。バリスタ部の部室に集まったメンバーたちの前で、陸がその計画の、あまりに徹底された内容を説明する。
「中庭を整理する? どういうことっすか、部長。今のままでも十分賑やかで、文化祭の名残があっていいじゃないっすか」
たい焼き担当の蓮が、餡の仕込みの手を止めて、当惑気味に首を傾げる。陸は桐生から送られてきた、整然とした中庭の完成予想図面を部員たちのスマホに一斉転送した。そこには、現在の混沌とした魅力が一切削ぎ落とされた、無機質で近代的な空間が描かれていた。
「今の中庭は、バリスタ部だけじゃなく、バスケ部や天文部、果ては非公認の同好会までが、自分たちの主張を優先して勝手に看板を出しすぎてて、どれが何の情報かさっぱり分からない状態だ。桐生の言葉を借りれば、ええと『視覚的公害』だらけなんだよ」
陸は貰った資料を見ながら言った。あまり慣れていない言葉遣いのようだった。
「学校という公共の場において、ノイズは排除されるべきだ。だから生徒会は、すべての看板を規格サイズに統一し、多言語対応も考慮したアイコン中心のピクトグラムに変更することで、誰にでも一目で伝わる機能性を取り戻そうとしてるんだ。これは情報デザインにおける正解なんだよ」
「ピクトグラム……? コーヒーの絵とか、無機質な矢印とか、そういう記号にするっていうんですか?」
戸田の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。筆を握る右手が、怒りか、あるいは愛する表現を否定された悲しみか、僅かに震えた。
「そう。桐生曰く、『真の秩序こそが最高の機能美であり、公共の場所における公平な利益に資する』だそうだ。俺も、あいつの言うことは一理あると思う。実際、今のテラス周りは情報が雑多すぎて、初めて来た奴には不親切だったろ? 注文列の最後尾がどこか、今日のオススメが何か、パッと見て分からなかった。その『体験』がデザインされてないんだ。効率が悪いんだよ」
「……本気か、陸。お前、あの看板に僕たちがどれだけの熱量を注いできたか知ってるだろ! 読みやすさだけじゃない。『コーヒー』って文字のフォント一つ、色味のわずかな差異一つで、手に取る客に届く温度が変わるんだぞ! 手書きの揺らぎがあるからこそ、人はそこに『人の気配』を感じて足を止めるんだ。それを数学的な記号に置き換えるなんて、バリスタ部から魂を抜いて、ただの自動販売機になるのと一緒だ!」
「トダテツ、これはバリスタ部だけの問題じゃないんだ。学校全体の景観ガイドラインだ。特定の部活だけが我が物顔で個性を主張し続ければ、せっかくの近代化計画が水の泡になる。他の部も納得しない。生徒会と密に協力して、新体制の模範的な部活として振る舞うのが、今の部長である俺、そして俺たちの責任なんだよ。……分かってくれ」
陸の言葉は、かつてないほど「部長」という立場に伴う「組織人」としての重みを帯びていた。桐生への深いリスペクトと、組織を円滑に運営したいという強い義務感が、いつの間にか陸の視点を、表現者個人のこだわりから、組織全体の管理と効率化へとシフトさせていたのだ。




