1.新しい風
11月。星陽高校の象徴であるイチョウ並木が、まるで冬の到来を前に最後の生命力を燃やし尽くすかのように、鮮烈な黄金色に染まりゆく。乾いた秋風が校舎の隙間を吹き抜け、カサカサと乾いた音を立てて舞い落ちる葉を、生徒たちが集う中庭へと運び込む季節だ。
先日の生徒会役員選挙を経て、星陽高校は転換点を迎えていた。旧体制から正式にバトンを受け継いだ桐生啓が生徒会長へと就任し、校内の空気は彼の持ち味である「効率」と「近代化」、それから何よりも「厳格な秩序」に向けて、僅かに、しかし確実に引き締まったように見える。
「……よし、これで不備はない。桐生、この来月分の予算申請書で問題ないか?」
放課後の生徒会室。バリスタ部部長・沢村陸が、慣れない手つきでタブレットを操作し、PDF化された書類を送信した。桐生は眼鏡を指先でクイと押し上げ、無機質なデスクに向かったまま、モニターに映し出された数字の羅列を一瞥する。
「ああ。計算にミスはない。沢村、部長になってから事務処理能力が格段に上がったな。……いや、副部長の泉君による、深夜に及ぶ熱心なリモートサポートのおかげか?」
「へへっ、手厳しいな。でも、お前が会長になったんだ。俺たちも、生徒会から『管理の行き届かないだらしない部活』だなんて思われないように、背筋を伸ばさなきゃなと思ってさ」
陸は快活に笑い、親友の肩を親しげに叩いた。体育祭という激動の日、共に崩れたスケジュールを土壇場で立て直し、成功へと導いたあの日以来、二人の間には立場を超えた強固な信頼関係が築かれていた。陸は桐生の持つ、全体を冷静に俯瞰し、複雑な事象から最短距離で最適解を導き出すクールなリーダーシップを、自分にはない天賦の才能として心からリスペクトしていたのだ。
一方、中庭の「木漏れ日テラス」では、美術・ラテアート担当の戸田哲也が、美術部1年の萩原澪と共に、冬に向けたテラス装飾についての熱い議論を戦わせていた。
「トダテツ先輩、こっちのコーナーはもう少し『くすんだオレンジ』や『深みのあるテラコッタ』を重ねたほうが、夕暮れのテラスに映えると思いませんか? 秋の終わりを惜しむような、ノスタルジックで、けれど体温を感じるような色使いにしたいんです」
「なるほどな……澪、お前の色彩感覚は相変わらず鋭い。遠野が追求するような、写真と見紛うばかりの緻密な写実とはまた違う、観る者の感情の回路をダイレクトに揺さぶるエモーショナルな筆致だ。僕のラテアートのミルクの曲線にも、その躍動感を取り入れたいよ」
澪は、明るい原色と繊細な中間色を自在に操り、感情豊かな作風を好む美術部の期待の新星だ。戸田は彼女や、同じ美術部で「写実の鬼」と呼ばれる2年生の遠野聡らと以前から面識があったが、特に最近は、澪の持つ自由で固定概念に囚われない芸術性に、強いインスピレーションを受けていた。
「ここは僕たちの聖域だ。学校という規律に縛られた場所の中で、唯一、心が自由に呼吸できる場所。誰にも邪魔させない、世界で一番温かい場所にしてみせるよ、澪。アートの力でね」
戸田は満足げに、自ら山から切り出し、表面を丁寧に磨き上げた木製の看板に筆を走らせた。その隣で、澪が楽しげに特大のキャンバスを広げている。しかし、その背後から静かに忍び寄る「合理の足音」が、自分たちの聖域を根本から揺るがそうとしていることに、彼らはまだ気づいていなかった。




