6.夕暮れの和解
全てのプログラムが終了し、グラウンドに長い影が落ちる頃。 祭りの後の独特の寂寥感の中、後片付けを終えた生徒たちが、三々五々と満足げな表情で帰路についていた。
「木漏れ日テラス」の本拠地では、仮説のテントも撤収を終えたメンバーが、いつもの人工芝の上へと戻ってきた。
「ふぅ……。正直、星陽祭より疲れたかもしれないわね。でも、いい体育祭だったわ」
真琴がパイプ椅子に腰掛け、自分たちのために最後の一杯として残しておいた、少し氷の溶けたレモネードを口にする。 蒼太も、結と凛に挟まれるようにして座り、ようやく訪れた放課後の静寂を全身で味わっていた。
「……沢村。ここにいたか」
聞き慣れた、しかしこれまでの尖った響きが消えた、少しだけ柔らかい声がした。 桐生啓が、いつもの事務的な表情を僅かに崩し、眼鏡を拭きながら立っていた。
「桐生。お疲れさん。後片付け、終わったのか?」
陸がどっかと座ったまま、予備の冷えたレモネードを放り投げる。桐生はそれを危なげなく片手で受け止めた。
「ああ。……君の無鉄砲な演出のせいで、僕の進行表は赤ペンだらけ、ボロボロだよ。報告書を作るには数日かかりそうだ」
「ははは! 悪いな、桐生。でも、どうだった? 悪くなかったろ、あの空白の時間も」
桐生はレモネードの蓋を開け、一気に半分ほど飲み干した。 クエン酸の強い酸っぱさに顔を顰め、眼鏡をかけ直しながら、彼はポツリと独り言のように漏らした。
「……非効率極まりないよ、君という男のやり方は。……でも、今日、綱が千切れて僕が頭の中の計算に溺れそうになった時、君がマイクを取って場を支配してくれなかったら、僕はきっと、一生自分の管理不足を責め続けていたと思う。……君の、そのデタラメな『楽しい』に、僕は救われたんだ」
陸は少し意外そうに目を丸くし、それからすぐに満面の笑みを浮かべて、桐生の肩を壊さんばかりにガシガシと叩いた。
「お前の『完璧な計画』のベースがあったから、俺も背中を預けて安心して暴れられたんだよ。……桐生、お前こそ、次の生徒会長に相応しい。この星陽を、誰も取り残さない最高の学校にしてくれよな。テラスからも応援してるぜ」
二人の少年は、夕闇に沈みゆく中庭で、互いの拳を軽く、しかし固く突き合わせた。 それは、性格も手法も真逆なリーダー同士が、激突の末に結んだ、言葉を超えた信頼の契約だった。
テラスの隅では、結が凛に向かって唇を尖らせ、闘志を燃やしていた。
「……今日はレモネードで引き分けだったけど、次は絶対負けないから。蒼太くんのハートを一番に射抜くのは、私なんだから!」
「あら。体育祭はあくまで身体を動かすための前哨戦。……本当の勝負は、これからですわ。日向さんの心の奥深くに、私の音を響かせてみせます」
凛が静かに、しかし青く燃えるような熱い視線を蒼太へと向ける。 蒼太は二人の視線の熱量から逃げるように、空になったカップの中の溶け残った氷を、じっと見つめていた。
秋の冷ややかな夜風が、テラスの幕を優しく揺らす。 騒がしくも眩しい、一生に一度の体育祭の夜は、新しいテラスの物語を、より深く、より熱く、および甘酸っぱく刻み込んで更けていった。




