5.バトンを繋げ
体育祭のフィナーレを飾るのは、各部の意地と名誉が激突する余興の『部活対抗リレー』だった。
バリスタ部のメンバーも、普段の制服ではなく、この日のために新調した動きやすいポロシャツと、お揃いのエプロンを身に纏い、スタートラインへと整列した。隣には、全国大会を目指しているレベルの陸上部や野球部、サッカー部が並び、凄まじい威圧感を放っている。
「いいか、順位なんてどうでもいい。……バトンを繋ぐことの楽しさを、テラスの温かさを、全校生徒に見せつけてやろうぜ!」
陸の激励に、メンバーが気合の入った、そしてどこか楽しげな表情で頷く。 第一走者は、日頃のテキパキとした動きを走りに活かす、意外にも瞬発力のある真琴。第二走者は、不器用ながらも部活動への愛を全力の足音に変えて食らいつく蓮。第三走者は、和服を着ているかのような背筋の伸びた、美しくも無駄のないフォームで風を切る凛。第四走者は、運動には一切の自信がないが、みんなの熱い想いを受け取ってしまった蒼太。そしてアンカーは、全ての熱量をゴールへと叩き込む、部長の陸だ。
「パン!」
号砲がトラックに鳴り響く。部活対抗リレーがスタートした。各部の第一走者が一斉にスタートする。
副部長の真琴は持ち前の瞬発力を武器に、一瞬前へ出る。しかし、すぐに運動部のエースたちに先を譲る。続く第二走者の蓮も全力で走り出す。意外な健闘を見せるが前へ出ることは叶わなかった。
驚きの展開を見せたのは、第三走者の凛だった。幼少の頃から習っていた弓道のおかげで基礎体力は高い、他の部活も油断していたのか、上位へと追い上げる大波乱の展開となった。観客からは、その優美で品のある走りながらも、圧倒的な力を見せつける凛に目を奪われていた。
「……蒼太さん。私から受け取ってください。……お願いしますわ」
凛が、精密機械のような正確さでコーナーを回り、蒼太へと猛烈な勢いで迫る。バトンを受け取る刹那、蒼太の震える手の甲を、凛の冷たくもしっとりとした指先がかすめた。その瞬間、コース脇のフェンスから、周囲の歓声を打ち消すような絶叫が響いた。
「蒼太くん、前だけ見て走ってーーー! 振り返っちゃダメだよ、そのまま真っ直ぐーーー!」
結の、もはや悲鳴に近い熱烈な声援。凛の指先の冷たさと、結の声の熱さ。その極端な二つの温度差に翻弄され、蒼太は一瞬、自分の足の運びを見失い、派手に重心を崩した。彼の身体が地面に向かって傾き、会場からは短い悲鳴が上がる。しかし、その時だった。
「蒼太! 立て! 前を向け! 俺が、俺たちがここで待ってるぞ! お前の後ろには誰もいない、俺たちがいるんだ!」
ゴール前、誰よりも高く、力強く手を挙げ、バトンを待ち受ける陸の野太い咆哮が、蒼太の思考を支配した。隣のコースでは、現役のトップアスリートたちが光のような速度で駆け抜けていく。けれど、蒼太には関係なかった。
自分たちのテラス。3年生から、そして今を共に生きる仲間から受け継いだ、重くて温かい一本のバトン。
蒼太は歯を食いしばり、涙と粉に塗れた顔を歪めながら、泥臭くも確実な一歩を刻み、最後は飛び込むようにして陸へとバトンを託した。
「……受け取ったぜ、蒼太! あとは俺の仕事だ!」
陸がバトンをひったくるように受け取ると、彼はトラックを重戦車のような迫力で激走した。前方には遠く離れた運動部たちがいたが、陸は一切速度を緩めない。
順位は、強豪部活には遠く及ばず、結果だけを見れば最下位に近いものだった。しかし、陸は夕陽を反射して黄金色に輝くゴールテープを、誰よりも大きく、晴れやかな笑顔で、全身で受け止めた。
リレーを終え、メンバー全員が芝生の上に倒れ込み、肩を組んで、息を切らしながら大声で笑い合った。
そこには、桐生の求めた「管理された秩序」も、陸の求めた「熱狂的な一体感」も、すべてが混ざり合っていた。数字や順位という効率の追求だけでは決して辿り着けない、一つの「結果」。「新体制バリスタ部」という小さな、けれど何よりも強固な『家族』の絆が、体育祭の熱気の中で確かに結び直された瞬間だった。




