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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第14話 走れ!バリスタ部

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4.崩れた計画

 体育祭の中盤、平和な進行を切り裂くような不測の事態が発生した。


 午後のメイン種目である『全校綱引き』の最中、会場の熱気が最高潮に達したその瞬間、バチンという乾いた破壊音がグラウンドに響き渡った。激しい力が加わった綱の一本が、長年の経年劣化と全校生徒のパワーに耐えかねて、中央付近で無残にも引き千切れたのだ。


「……っ、嘘だろ。ありえない」


 本部テントで分刻みの進行表を睨んでいた桐生が、立ち上がって絶句した。


 綱の予備は、グラウンドから最も遠い第2倉庫にある。しかも、重量のある綱を運び出し、再度設置し直して安全確認を終えるには、どんなに急いでも20分はかかる。それは単なる20分の遅延ではない。桐生が数ヶ月前から心血を注ぎ、全競技の召集時間や機材配置を秒単位で修正して作り上げた「完璧な進行スケジュール」という名のパズルが、物理的な破壊によって一瞬で瓦解したことを意味していた。


 会場には「え、今の事故?」「怪我人いない?」「このまま中止になっちゃうの?」という不安と困惑の声が、さざ波のように広がり始める。


 桐生は震える手でタブレットを握りしめたまま、自分のロジックや計算式では決して埋めることのできない「空白の20分間」に立ち尽くしていた。彼の完璧主義が、想定外の事態という冷たい壁に突き当たっていた。


「……桐生、前を見ろ。顔を上げろよ」


 陸が、青ざめた桐生の肩を分厚い手で力強く叩いた。その眼差しには、混乱も動揺も微塵もない。


「スケジュールが死んだなら、新しいスケジュールを今この場で、俺たちの手で作ればいいだけだ。……場を繋ぐぞ、桐生。これは『計算外の事故』じゃなくて、俺たちが密かに仕組んだ『サプライズの休憩演出』だ。……よし、今、俺がそう決めた」


「演出……? バカな、こんな状況で何を言ってるんだ! 代わりの競技も出し物も、何一つ用意していないんだぞ!」


 陸は桐生の論理的な反論を待たず、本部デスクから実況用のワイヤレスマイクを奪い取った。


「皆さーーん! 驚かせてすみません! でも、安心してください、これは放送事故じゃありませんよ! 今の衝撃は、運営が密かに用意した『緊急エネルギーチャージ・タイム』開始の合図です! 今から10分間、木漏れ日テラスの特製レモネードと塩餡たい焼きが、なんと……実行委員長である俺の全権限を使って、全校生徒に『一口サイズ』の無料配布を行います! 綱が直るまで、全力で糖分補給といきましょう!」


「……っ、沢村! 何を勝手な予算を……そんな在庫あるわけないだろ!」


「真琴! 蓮! やれるか!? テラスの底力を見せてやれ!」


 陸の野太い呼びかけに、テントの裏側から、驚きを通り越して呆れ、そして最高に頼もしい返事が返ってきた。


「もうっ、無茶苦茶言うんだから! でも任せなさい! 試作用に多めに作っておいたストック、全部大放出しちゃうわよ!」


「生地なら山ほど焼いてやるっす! 陸さん、こっちは死守するんで、そっちは時間稼ぎ頼みます!」


 バリスタ部のメンバーが、日頃の過酷なピークタイムを切り抜けてきたチームワークで即座に動き出した。


 予期せぬ「公式のおやつタイム」の宣言に、会場の不安は一瞬で熱狂的な歓声へと塗り替えられた。陸はマイク一本を手に、その場で観客席に突撃し、即興のインタビューや応援団の飛び入り演武、さらには部活動の部長たちによる一発芸大会を回して、会場を一秒も飽きさせることなく沸かせ続ける。


 桐生が数人の実行委員たちと汗だくになりながら倉庫から新しい綱を運び込み、設営と安全点検を完了するまでの空白の時間を、陸は最高に盛り上がる「祭りのハイライト」へと鮮やかに変えてみせたのだ。


 桐生は、額に浮かんだ汗を拭いながら、新しく設置された綱と、そこから広がる活気あるグラウンドの光景を目に焼き付けていた。


 進行表には一行も書かれていない、無秩序で、けれど圧倒的に生命力に満ち、全ての生徒が笑顔を浮かべる幸福な空間。 自分のロジックと数字だけでは決して救えなかったはずの20分間を、陸の「デタラメで無鉄砲な情熱」が、見事に繋ぎ止め、昇華させていた。桐生は初めて、陸が口にしていた「魂」という言葉の意味を、肌で理解したような気がした。

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