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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第14話 走れ!バリスタ部

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3.体育祭、開幕

 翌日。雲一つない秋晴れ、まさに「体育の日」を体現したような絶好のコンディションの下、星陽高校体育祭が開幕した。早朝からグラウンドには石灰の白線が鮮やかに引かれ、万国旗が秋風に揺れている。校門を潜る生徒たちの顔には、普段の授業では見られない高揚感と、どこか戦士のような緊張感が混じり合っていた。


 グラウンド中に響き渡る実況担当の女子生徒のハイテンションな絶叫、スタートの合図を告げる号砲のピストル音、それから地を揺らすような全校生徒たちの地鳴りに似た歓声。その一角、100メートル走のゴール付近であり、かつトラックの大きなカーブを間近で見渡せる絶好の観戦スポットに陣取った「木漏れ日テラス・体育祭出張テント」は、開店と同時にかつてない爆発的な盛況を見せていた。


「はい、塩餡たい焼きお待ち! 焼きたての熱々だぞ! この絶妙な塩気が、汗をかいた身体に最高に染みるんだ。火傷に気をつけてな!」


 蓮が、威勢よく、かつスピーディーに客を捌いていく。ボウルいっぱいに練られた餡をテキパキと生地に載せ、金型をひっくり返す手つきは職人のそれだ。普段のテラスでは裏で黙々とたい焼きを焼いている印象が強い彼だが、この「戦場」とも呼べる現場の熱狂に当てられ、その言動には男子高校生らしい瑞々しさとバイタリティが溢れ出ていた。


「レモネード、氷たっぷりでキンキンに冷えてますよー! 喉を枯らす前にしっかり水分とビタミン、補給しておいてくださいね!」


 結は、特注の鮮やかなレモン色のメガホンを片手に、太陽のような眩しい笑顔を振りまいて呼びかける。彼女の周りだけ、気温が数度上がったかのような錯覚を覚えるほどのエネルギーだ。並んでいる男子生徒たちの多くが、レモネードの味以上に彼女の笑顔に癒やされているのは明白だった。


 その一方で、蒼太は1年生の学年種目『障害物競走』の召集場所に立ち、自分の出番を今か今かと待っていた。周囲を見渡せば、クラスの体育自慢や部活動に励む屈強な男子生徒たちが、屈伸をしたり軽くダッシュをしたりして闘志を剥き出しにしている。その中央で、蒼太の細い肩は、秋風のせいばかりではなく僅かに震えていた。


「……はあ。心臓が口から出そうだよ。網を潜る時に足が引っかかって転んだり、パン食い競争のパンがいつまでも取れなくて、観客に笑われたりしたらどうしよう……」


 蒼太が弱音を漏らしながら自分の膝を擦っていると、背後から冷ややかで、しかし確かな意志を感じさせる凛とした声が、迷いなく届いた。


「蒼太さん。まずは深呼吸を。浅い呼吸は脳への酸素供給を阻害し、判断力を著しく鈍らせます。あなたの肺に、この澄み渡った秋の清浄な酸素を送り込むのです。……あなたが無事にゴールテープを切り、その荒い息を整える瞬間。私は、世界で最もあなたの身体機能を最適化する特別な一杯を差し出せるよう、氷の溶け具合をミリ秒単位で管理し、最高温度を計算して待機しておりますわ。……迷うことはありません。私を、そして私が用意した結果だけを信じて、駆け抜けてください」


 凛は、プロ仕様の高精度なストップウォッチを片手に、蒼太の背中を射抜くような鋭い眼差しで見つめていた。その瞳は、獲物の動きを予見し、一瞬の隙も逃さない鷹のように鋭く、それでいて静かな、しかし苛烈な情熱を秘めている。


「あ、ありがとう、羽純さん。……そうだね、やるしかないんだ。恥ずかしくない走りを、頑張るよ」


 ピストルの乾いた音が天高く鳴り響き、競技が始まった。


「蒼太くーーん! 頑張ってーー! 脇目も振らずに突き進んでーー! 蒼太くんならできるよーー!」


 客席の最前列、バリスタ部のテントから身を乗り出すようにして、結の喉の健康が心配になるほどの全力の絶叫が届く。その声は、何百人もの歓声を突き抜けて蒼太の鼓膜を叩いた。


 蒼太は、結のひたむきで熱烈な応援の声と、ゴール付近の計測地点から一歩も動かず、まるでサイボーグのように自分を観測し続ける凛の冷徹な、しかし信頼の証とも言える視線の板挟みになった。彼の内側で、心臓の鼓動は物理的な痛みを感じるほどに跳ね上がり、アドレナリンが全身を駆け巡った。


「……っ、見てて、二人とも!」


 泥だらけになるのも構わず地面を這って網を潜り、真っ白な粉に塗れながらも必死に口でパンを捉え、不安定な平均台を、日々のテラスでの修行で培ったバランス感覚を駆使して慎重かつ大胆に渡り切る。


 運動神経は決して優れているとは言えない蒼太だったが、二人の少女の期待から逃げるように、あるいはその期待に真正面から応えるように、彼はこれまでの人生で一度も出したことのない速度で足を動かした。


 結果は、惜しくも12人中5位という微妙なものだった。しかし、彼がフラフラになりながらもゴールラインを越えた瞬間、まるで申し合わせたかのように結と凛が左右から同時に駆け寄ってきた。


「はい、蒼太くん! 惜しかったね、でも最高に格好よかったよ! お疲れ様!」


「蒼太さん。今、この瞬間が摂取の適時です。こちらを」


 右からは、結が愛情たっぷりに、および豪快にレモンを搾った特製レモネード。 左からは、凛がその時の外気と蒼太の心拍数を計算し、最適な電解質を配合した至高のレモネード。


 どちらか一方を受け取れば、もう一方が悲しむ。蒼太は結局、どちらを断ることもできず、両手に持った二つのカップを交互に、必死に飲み干す羽目になった。レモネードの爽快感は素晴らしかったが、競技直後ということもあってお腹はタプタプになり、彼は幸せな苦笑いを浮かべながら空を仰ぐしかなかった。

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