6.恋の宣戦布告
放課後。 その日の営業を終え、部員たちが片付けを終えて帰宅の途につこうとしていた。
テラスには、忘れ物を取りに戻った結と、何かを待っていた様子の凛の二人だけが残されていた。 秋の日は短く、周囲はすっかり濃い藍色に包まれている。テラスの照明だけが、二人をスポットライトのように照らし出していた。
「……星野さん。少し、お話ししてもよろしいかしら?」
凛の声は、いつものクールなトーンだったが、その奥に隠しきれない熱量が潜んでいた。
結は足を止め、真っ直ぐに凛を振り返った。
「……何? 羽純さん」
「単刀直入に伺います。……あなたと日向蒼太さんは、どのような関係なのですか?」
結の胸が、ドキンと大きく跳ねた。
「……関係って、言われても。……私たちは、一緒にテラスを守ってきた、一番の親友で、パートナーだよ」
「親友。パートナー。……便利な言葉ですわね」
凛が一歩、結に歩み寄る。その群青色の瞳が、結を値踏みするように見つめた。
「でも、私が知りたいのはそういうことではありません。……あなたは、彼を『愛して』おられるのですか? それとも、ただの部活動の仲間として、執着しているだけなのですか?」
「愛して……っ」
結の顔に、朱が走る。
「そ、そんなの……! 答える必要ないでしょ!」
「答えられない……つまり、まだご自分の気持ちを定義できていない、ということでよろしいかしら」
凛は静かに、しかし冷酷なまでに核心を突いた。
「星陽祭の時、あなたは確かに日向さんの隣にいました。そして、あなたの様子や日向さんの反応を見ていれば分かります。お二人は、互いを特別だと思いながら、その先に踏み込む勇気を持てずにいる。……いわゆる、甘い停滞、ですわね」
結は言葉を失った。 凛の言う通りだった。自分と蒼太は、確かに特別だ。でも、その関係を壊すのが怖くて、誰もが知っている結論を口にせずにいた。
「私は、停滞などいたしません」
凛の表情が、一瞬で「一人の恋する少女」のそれに変わった。 その瞳には、弓道の的を狙う時のような、凄まじい一途さが宿っている。
「私は日向さんが好きです。彼の魂に、一目惚れいたしました。……私は本気で、彼のハートを射抜きに参ります」
結は、息が止まりそうになった。 これほどまでに、真っ直ぐで、重くて、美しい告白の宣言を、聞いたことがなかった。
「星野さん。あなたは、どうなさるおつもり? このまま、彼の一番近い場所を、私の情熱が溶かし去るのを黙って見ていられますの?」
「……そんなわけ、ないでしょ」
結の声が、震えを帯びながらも、次第に熱を持って太くなっていく。 彼女は凛を睨みつけ、拳を胸元で握りしめた。
「蒼太くんのこと、誰よりも見てきたのは私だよ。彼が苦しんでた時も、笑った時も、ずっと隣にいたのは私なんだから!」
「過去の時間は尊重いたしますわ。……でも、未来の時間は、これからの勝負次第です」
凛が、優雅に微笑んだ。 それは、戦端を開く騎士のような、気高い笑顔だった。
「先に日向さんのハートを射抜いた方の、勝利……。これでよろしいかしら?」
「……いいよ。受けて立つ。……負けないからね。私、蒼太くんのこと、誰にも渡さない!」
結の宣言が、静かなテラスに響き渡った。
太陽と月。 結と凛。 正反対の輝きを持つ二人の少女が、一人の少年の心を巡って、今、激しい火花を散らし始めた。
秋の夜空には、雲の切れ間から「中秋の名月」が顔を出し、二人の少女と、その中心にいる少年の行く末を、静かに照らし出していた。




