5.本入部テスト
仮入部期間の一週間が過ぎ、羽純凛の「本入部テスト」の日がやってきた。
星陽高校バリスタ部には、創部以来の伝統として、厳格な入部試験が存在する。 たとえどれほど入部を熱望しようと、この基準を満たさない者は、テラスに立つことを許されない。
試験官を務めるのは、新部長の陸、副部長の真琴。そして、顧問の香月だ。 香月は、いつものように冷静な、しかし射抜くような鋭い視線で凛の前に立った。
「羽純さん。基準は知っているわね?」
「はい。ハンドドリップの安定、たい焼きの製造、そして接客。三位一体となって初めて、テラスの一員と認められる……承知しております」
テストが開始された。
第一項目:ハンドドリップ
判定を行うのは、品質管理責任者である蒼太だ。 蒼太は、自分に向けられる凛の熱い視線に耐えながら、彼女が淹れるコーヒーの滴りを見守った。
(……すごい。お湯の太さが、最初から最後まで一ミリもブレない。まるで見えない定規で引いたみたいだ)
凛のドリップは、もはや芸術の域だった。 抽出時間、粉の膨らみ、落ちてくる液体の色。全てが教科書通り、いや、教科書以上の完璧さでコントロールされている。 差し出されたカップを蒼太が口に含むと、そこには雑味の一切ない、透き通った味わいが広がっていた。
「……合格、です。僕が今まで飲んだハンドドリップの中で、一番……正確な味です」
蒼太の言葉に、凛が僅かに目を細める。
第二項目:たい焼き
立ち会うのは蓮だ。彼は腕を組み、睨みつけるように鉄板を見つめている。 凛は先日の衝突を物ともせず、淡々と作業を進めた。蓮の出す「抜き打ちの温度変化」という嫌がらせのような状況にも、彼女は感覚を研ぎ澄ませて対応した。 出来上がったたい焼きは、やはり完璧だった。
「……フン。不味くはねえよ。……合格だ」
蓮が不服そうに呟く。
第三項目:接客
フロアには、テスト用の「客」として、部員たちが座っている。 結は、一番前の席で、凛の振る舞いを一文字も見逃さないという気迫で座っていた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、木漏れ日テラスへ。……本日のご気分に合わせた一杯を、ご提案させていただきますわ」
凛の接客は、結の「太陽」のような親しみやすさとは全く別物だった。 それは、高級ホテルのコンシェルジュか、あるいは由緒正しい茶室の主人のような、気品に満ちたものだ。 アイコンタクトは完璧。注文の復唱は淀みなく。そして、最後に添えられた「ごゆっくり、至福の時をお過ごしください」という言葉には、不思議な説得力が宿っていた。
香月が、手元の採点表に力強くチェックを入れた。
「……全項目、基準を大幅に上回るスコアね。羽純凛。今日からあなたを、星陽高校バリスタ部の正式な部員として認めます」
テラスに、安堵と、そして新しい嵐の予感を含んだ拍手が響いた。
蒼太は、正式な仲間が増えた喜びよりも、「これからどうなってしまうんだろう」という不安の方が大きかった。 そんな蒼太の心中を知ってか知らずか、凛は本入部が決まった瞬間に蒼太の元へ歩み寄り、その手を両手で包み込んだ。
「日向さん。ようやく、あなたの正式な『半身』となれましたわ」
「は、半身!? パートナーってことだよね、言葉のチョイスが重いよ、羽純さん!」
「あら。私の言葉に、嘘偽りはございません」
凛の熱烈なアプローチに、蒼太は再び茹でダコのように真っ赤になる。 それを見ていた結の堪忍袋の緒が、今、音を立てて千切れた。




