6.新しい時代
水曜日の放課後。 3年生の姿がない、初めての通常営業が始まった。
今日のテラスに立つのは、2年生二人と1年生三人の、計五名。 図書室へと向かう3年生たちの背中が、窓越しに遠ざかっていくのが見えた。彼らはもう「指導者」ではなく、一人の「客」として、あるいは「応援者」として、外側にいる。
「……よし、開店準備! 手を動かせ!」
新部長、陸の号令が鋭く飛ぶ。
「蒼太、マシンの温まりはどうだ? 気圧の安定を確認しろ」
「あと30秒。……安定しました。豆のエイジングも今日がピークです、最高のエスプレッソが出せます」
「真琴、お釣り用の小銭とレジロールの予備は?」
「準備万端よ。蓮、餡の解凍と生地の仕込み、間に合ってる?」
「準備完了です。あとは火を通すだけで出せます」
頼れる先輩たちがいない。その事実は、想像以上の重圧となって彼らの肩に重くのしかかる。 しかし、星陽祭というあの地獄のような、そして最高だった2日間を乗り越えた彼らの瞳に、迷いの色はなかった。
午後4時。
「……木漏れ日テラス、オープンします!」
結の澄んだ声が、午後の静かな中庭に響き渡る。 放課後のチャイムと共に、一人、二人と、常連の生徒や教師たちがやってくる。
カウンターに立ち、最初の一杯を抽出する蒼太。 彼は一口、自分の淹れたエスプレッソを、テイスティングカップで口に含んだ。
(……美味しい。橘先輩たちの味と、寸分違わない。……いや)
少しだけ、違うかもしれない。 より鋭く、より繊細で、しかしどこか新しい時代の野心が混ざった、自分たちの世代の味。
結がフロアを軽やかに駆け回り、客一人ひとりと笑顔で言葉を交わす。
「いらっしゃいませ! 今日も一日お疲れ様でした。いつものカフェラテでいいですか?」
その様子を、コーヒー豆を挽くグラインダーの規則的な振動と共に、蒼太は見つめる。 新しい季節。自分たちに託された、新しく、そして重い役割。 結と二人で交わした「来年も一緒に」という、あの甘酸っぱい約束。
星陽高校のシンボル、木漏れ日テラス。 その青々とした人工芝の上を、新しい時代の風が、香ばしいコーヒーの香りをどこまでも遠くへ運ぶように、力強く吹き抜けていった。
幕式天井の隙間から、秋の高く澄んだ光が落ちる。 そこには、自分たちの居場所を誇らしげに、そして何よりも楽しそうに守り抜く、若きバリスタたちの姿があった。




