5.継承のミーティング
月曜日の振替休日を挟み、火曜日の放課後。 バリスタ部は、テラスの入り口に『準備中』の札を出し、幕を閉じた状態で臨時ミーティングを開いた。
空気は、これまでのどの練習よりもピンと張り詰めていた。 3年生たちは、制服の着こなしこそいつも通りだが、その瞳にはどこか「受験生」としての冷徹な覚悟と、後輩を思う慈しみが宿っていた。
「これより、星陽高校バリスタ部の新体制を発表します。橘部長、お願いします」
副部長の翔の声に促され、楓が一歩前に出た。
「新部長――沢村陸。新副部長――泉真琴」
2年生の二人が、緊張で表情を強張らせながら、一歩前に出た。現場の混乱を常に冷静に捌いてきた陸と、数字という裏側から部を支えてきた真琴。その実績を疑う者は誰もいなかった。
そして、楓の視線は、まだ幼さの残る1年生三人へと向けられた。
「続いて、各セクションの責任者を任命します。……星野結。あなたは広報・接客のメイン担当として、テラスの『顔』になりなさい。あなたの笑顔が、この場所の入り口なのよ」
「はい! 期待以上の笑顔とサービスを届けます!」
結の真っ直ぐな、一点の曇りもない返事がテラスに響く。
「潮崎蓮。あなたはたい焼きと会計のメイン担当。テラスの経営を、その妥協のない職人気質で支えて。お金と品質、その両方を任せるわ」
「はい。最高の焼き加減と、一円の狂いもない計算を見せてみます」
蓮のぶっきらぼうだが熱い言葉に、真琴が頼もしそうに頷いた。 そして、楓は最後に蒼太を見つめた。その眼差しは、誰よりもこの少年の成長を見守ってきた姉のような慈しみに満ちていた。
「日向蒼太。あなたは品質管理責任者に任命します。木漏れ日テラスが、ただの『高校生の部活』ではなく、『プロのバリスタの店』であるための最後の砦。あなたの繊細な舌に、テラスのプライドを託します」
蒼太の背中を、凍りつくような緊張感と、それ以上の熱い高揚感が同時に駆け抜けた。 半年前、人混みを避けて日陰を歩いていた自分が、テラスの「味」そのものを守る責任者に指名されたのだ。
「……はい。僕が、責任を持って、テラスの味を……魂を、守り抜きます」
その声は、もう一度も震えなかった。
楓の手から、長年受け継がれてきた厚手の活動日誌が、陸の手へと手渡される。
「陸くん。あなたが作るバリスタ部は、きっと私たちとは違う色になる。それでいいの。伝統を守ることは、変化を恐れないこと。新しいテラスを、自由に作っていって」
「楓さん……。ありがとうございます。俺たちが、このテラスを星陽のシンボルから、街の伝説にしてみせます」
部員たちの拍手が湧き起こり、テラスの幕が微かに揺れた。 それは、一つの時代が静かに幕を閉じ、より力強い新しい風が吹き始めた明確な合図だった。




