3.三人の進路
一方、交代で休憩に入った3年生トリオ――楓、翔、美咲は、喧騒から少し離れた特別教室棟の渡り廊下にいた。 それぞれの指先には、後輩たちが丁寧に淹れてくれたテラスのコーヒーがある。
「あいつら、本当に……俺たちの想像を超えて成長したな」
副部長の河合翔が、しみじみとカップの湯気を見つめながら呟いた。 彼は入学以来、テラスの老朽化した機材を何度も修理し、独学でメンテナンス技術を身につけてきた。実家の町工場「河合精機」を継ぎ、日本のものづくりを支えるという目標は、彼の中で鋼のように揺るぎないものになっていた。
「俺は、都内の工業大学に行く。親父の工場をIT化して、いつか世界一のエスプレッソマシンを、日本人の手で自社開発するのが夢なんだ。蒼太のあの舌でも文句が出ないような、完璧な制御マシンをな」
翔の言葉には、技術者としての誇りと、後輩への密かな期待が溢れていた。
「私は、代官山の製菓・調理専門学校に進むことにしたわ」
美咲も迷いのない、凛とした声で続けた。
「今回の新メニュー開発で確信したの。私は、味という複雑な要素を論理的に組み立てて、人を感動させるプロセスそのものが好きなんだって。ただのバリスタじゃなくて、フードディレクターとして、もっと体系的に食の世界を学びたい」
翔と美咲。二人は、テラスという場所で見つけた自分の「種」を、次のフィールドで咲かせようとしていた。 しかし、部長として部をまとめ上げてきた橘楓だけは、手元のカップを見つめたまま、白く立ち上る湯気の向こう側に視線を彷徨わせていた。
「二人は、本当にすごいね。……私は、実を言うとまだ、踏ん切りがつかないの」
楓は、その包容力のある性格から、常に周囲のバランスを優先してきた。 指定校推薦の話が来ている都内の中堅大学へ進み、堅実な就職を目指すのが「正しい選択」だという自覚はある。しかし、その一方で、香月のような「コーヒーを生き様とするバリスタ」への憧れが、心の奥底で熱を持って燻り続けていた。
「大学に行けば、将来の選択肢は広がる。でも、この三年間、このテラスでみんなの笑顔を見守ってきた時間が、私の人生で一番輝いているような気がするの。……これをただの『思い出』として手放していいのか、自分がどうしたいのか、まだ答えが出ないの」
楓は、中庭の向こうで後輩たちが奮闘する様子を遠目に見守った。 かつて自分が守ろうとした場所は、今、新しい命を得て輝いている。自分がそこから去るという実感が、現実味を帯びた影となって、文化祭の眩しい景色の足元に伸びていた。
三人はそれ以上言葉を重ねず、ただ冷め始めたコーヒーをゆっくりと飲み干した。 空になったカップの底に残る微かな粉が、祭りの、そして自分たちの高校生活の終わりが近いことを静かに告げていた。




