4.バランスの法則
カフェ巡りの翌日、バリスタ部では早速、新メニューの試作が始まった。
美咲は、結と蒼太のアイデアを無視せず、紫芋とコーヒーを組み合わせたレシピを考案したが、それはあくまでも美咲の「効率重視」の戦略に基づいていた。
「この紫芋と黒豆のペーストは、事前に大量生産できるわ。エスプレッソとシェイクするだけで、見た目もシックで、2分で提供可能よ。これなら文化祭のピーク時でも問題なく捌ける」
美咲のレシピは完璧な論理に基づいている。見た目の色のグラデーションも美しく、美咲のメニュー開発能力の高さを示していた。
しかし、蒼太がその試作品をテイスティングすると、再び顔が曇った。
「美咲先輩……これは、ダメです。紫芋の『土の重い色』と、エスプレッソの『激しい爆発の音』が、口の中で、また内ゲバを起こしています。二つの要素が、まるで敵同士のようにいがみ合っている……一つも調和していません……」
蒼太は言葉を探すが、感覚的な表現しかできない。
美咲の表情は焦燥と怒りに染まった。最後の星陽祭というプレッシャーが、彼女の冷静さを失わせる。
「日向くん、あなたの味覚が優れていることは認める。でも、喧嘩しているなんて抽象的な感想では、レシピは直せないのよ! どの要素が、どうバラバラなの? 粘度? 温度? それとも配合比率? 論理的な根拠を出しなさい! 私たちには、あなたたちの理想に付き合っている時間はないの!」
美咲は、星陽祭前の限られた時間で成果を出さねばならないという重圧から、非常に厳しく問い詰めた。
結は、蒼太の感覚が正しいことを知っているが、美咲の「論理」に太刀打ちできない。
「美咲先輩のレシピは、コンセプトは完璧です。でも、これじゃただの『売れる商品』であって、テラスの『魂』じゃない! これからのテラスのためにも、味に妥協はできないんです! テラスの誇りに関わります!」
「魂? 呑気な理想論に付き合っている時間はないのよ!」
美咲は苛立ちを隠せない。二人の対立は激しくなった。このままでは試作は頓挫してしまう。
沈黙を破ったのは、部長の楓と副部長の翔だった。二人は、カウンター越しに静かに、美咲と結の様子を見つめていた。
楓は穏やかに、しかし芯のある声で言った。
「美咲の言う通り、効率は大切よ。星陽祭は本当に多くのお客様がやってくる。誰でもすぐに作れる再現性のある効率性は未来に繋がる。でも、結の言う通り、味に魂がなければ、それはテラスのメニューではないわ。私たちは、ただのカフェじゃない。バリスタ部なのよ」
翔が、機械を扱う技術者としての視点で付け加える。
「文化祭は戦場だ。美咲の言う『速い機械(効率)』と、結の言う『最高の素材(味)』。俺たちが目指すのは、その両方を兼ね備えたバランスだ。本当に多くの客を捌くことになるんだから、見た目と味のバランスをとりつつ、効率的に作る必要がある。日向の味覚を論理的なレシピに落とし込む方法を探るしかない。それが、お前たち後輩に託す、俺たちからの最後の課題だ」
楓と翔の言葉により、美咲と結は一度冷静になった。二人ともテラスの未来を案じているのは同じだ。
結は、蒼太と二人きりの時に見つけた「紫芋の重い影を、温かいもので包み込む」というアイデアを思い出す。
「美咲先輩、わかりました。もう一度、ゼロから始めます。蒼太くんの感覚を、絶対に先輩が納得できる『論理の言葉』に変えて見せます! 今度は、緩衝材を見つけます!」




