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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第10話 歯車の音

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5.機械と魂の乖離

 期限の最終時刻が近づく。テラスに連絡を入れれば、すぐに業者が手配される。翔が直せるのは、今日この瞬間しかない。時計の針が、彼の焦燥感を刻む。


「どうしてだ……動いているのに、なぜ安定しない!? カスタム基板のロジックが、どうしても再現できないのか……」


 翔は焦燥感に駆られていた。彼の技術が、壁にぶち当たっていた。


 そこへ、作業を終えた父親が、翔の傍に静かに立った。


「品質を安定させる制御が、再現できていないんだろう」


 彼はエスプレッソマシンに触れもせず、その音だけで問題を看破した。


「電子部品は熱を持つと、抵抗値がほんの少し狂う。元の基板は、その狂いをソフトウェアで微調整していたが、お前が作った代替品は、熱膨張の影響をダイレクトに受けている。だから、水を送る時のポンプの圧力が、ミリ秒単位でブレて、そのブレがコーヒーの抽出を不安定にしているんだ」


 父親は、マシンの筐体からかすかに漏れる「ヒュー」という、プロペラの回転音ではない、水の流れが乱れる特有の音を指して言った。


「そのブレが、クレマを殺している」


「代替部品が、熱膨張で微妙に動作を狂わせている。それが、圧力のブレを生んでいる。お前の作った部品は優秀だが、オリジナルと違って熱に弱い」


「……うん」


 翔はうなだれる。


「この機械は、お前の手で息を吹き返した。だが、お前が直したのは、ただの機械の『動き』だ。香月先生が軽井沢で言ってたこと、忘れたのか? お前が目指してるのは、バリスタのプロだろう」


 翔はハッとする。軽井沢での特訓、楓と共に学んだ品質へのこだわり。


「プロは、目に見えない0.01%のブレにこだわる、と……」


「そうだ。機械の制御基板は、そのブレを許さないための、品質を支える魂だ。お前が自作した代替部品は、その魂の代わりにはなっていない。このまま戻しても、テラスの信用は守れないぞ。機械は、嘘をつかない」


 父親の言葉は厳しくも優しかった。それは、ただの機械修理技術者としてではなく、職人としてプロの倫理を問うものだった。


 翔は、工具を握りしめ、悔しさに顔を歪ませる。


「俺は、テラスの土台すら守れないのか……俺が一番、テラスを裏切ろうとしている」


 絶望感は、彼の実家である工場全体を、重い空気で満たした。彼は、町工場での技術が、所詮は部活のレベルを超えるものではないと突きつけられた気がした。特に、テラスの仲間たちが自分を信じて、極限の集中力でドリップの品質を支えようとしている最中、自分だけが彼らの信頼を裏切り、妥協した品質の機械を突きつけるのかという自責の念が、彼を苛んだ。


 絶望の中、彼のスマートフォンに通知が来た。それを見るとテラスのSNSに、結が更新したメッセージが表示されていた。


『エスプレッソマシン点検中ですが、私たちは心はブレません! お客様の信頼を裏切らないよう、最高のドリップでお待ちしています!』


 その投稿写真には、疲労の色を見せながらも、笑顔で接客する楓、陸、そして真剣な表情でドリップに向き合う蒼太の姿があった。彼らは、翔が作ったテラスの「顔」を守ろうと必死だった。


(心はブレない……プロの倫理は、品質を保証すること……)


 翔は、カスタム基板の繊細さを、アナログな機械制御で補うという、町工場育ちの彼ならではの閃きを得た。電子制御が不可能なら、物理的な制御で補えばいい。


「そうだ。この代替基板が避けられない熱膨張による微細な圧力変動を、別の方法で安定させればいいんだ……!」


 翔は、工場にある精密な遮熱材(特殊なセラミックシート)と、熱に強い耐圧ゴムのダンパーを組み合わせて、ボイラーと制御系を隔絶し、熱による影響を物理的に遮断する、独自の対策を思いついた。


 これは、複雑な電子制御を、シンプルな機械制御で補完するという、職人技の閃きだった。それは、デジタル制御の限界を、アナログな知恵と物理的な素材で補うという、技術者としての翔と、バリスタとしての翔の、完璧な融合を示す答えだった。

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