10.刻まれた意識
4日目の午後。バリスタ部を乗せたバスは、軽井沢を後にし、ふたたび東京へと向かっていた。窓の外を流れる緑の景色は、行きとは違い、彼らの心に深く刻まれる、重い決意の証となっていた。
「軽井沢は、ただの避暑地じゃなかったね。私たちの意識が変わる場所だった。この合宿で得たものは、技術だけじゃない。テラスを継続させる、プロとしての責任感よ」
楓が、達成感と、部長としての新たな責任感を帯びた笑顔で言った。
「そうだね。技術って、突き詰めれば、優しさになるんだ。先生の『プロの責任』は、誰かの信頼を裏切らないためのものだったんだね。これからは、お客様の信頼を裏切らない品質を提供できる」
美咲は、香月のプロ意識の真髄を、深いところで理解していた。
蓮は、もう誰も責めなかった。プロ意識とは、誰かに強要されるものではなく、自ら獲得し、維持し続ける自分のための責任だと知ったからだ。彼の心の中には、たい焼き職人としての誇りと、バリスタとしての冷徹な責任感が、しっかりと共存していた。
結は、広報として、言葉を扱う責任の重さを、改めて噛み締めていた。これからは、言葉だけでなく、最高の品質という裏付けをもって、テラスの物語を伝えようと決意した。
そして蒼太。彼は、静かに窓の外の景色を見ていた。彼の心は、技術的な完璧さだけでなく、人との繋がりという新たな居場所を見つけていた。技術が、彼と世界を繋ぐ、最も強固で誠実な架け橋となったのだ。彼は、もう他者の視線を恐れず、自分の技術に絶対的な自信を持つことができた。
東京に戻ったバリスタ部。お盆休み明けから営業を再開したテラスで、部員たちは、以前と変わらない笑顔でたい焼きとコーヒーを提供している。
しかし、彼らの所作、言葉、そして淹れる一杯の品質には、軽井沢で香月が教えた「プロの責任」が深く刻まれていた。蓮のタンピングは一切ブレず、結のフォームミルクはシルクのように滑らかだ。
そして、蒼太の淹れるコーヒーからは、ほのかに、優しさを感じられるようになっていた。それは、誰も気が付かないのかもしれない。だが、確かにそこにあるものだった。
彼らは、もう「趣味の部活動」ではない。テラスは、より高品質で、より誠実な、真のプロフェッショナルの場へと昇華したことが示される。そして、香月は、テラスの成長を静かに見つめながら、穏やかな笑顔を取り戻していた。彼女自身も、指導を通じて過去の傷を乗り越え、新しい居場所を見つけ始めていた。




