6.拒絶と沈黙
合宿3日目の午前。研修室は、昨日までの熱意と葛藤の代わりに、冷たい拒絶と沈黙に支配されていた。蓮たちのサボりを知った部員たちも、香月の指導に対し、消極的な反抗の姿勢を取り始めていた。
特訓は行われているものの、部員たちはただ指示された練習を惰性でこなすだけで、以前のような真剣な質問や議論は一切なくなった。香月の「ダメ出し」の回数だけが増えていくが、部員たちの表情は無表情で、その指摘をただ聞き流しているようだった。この沈黙は、怒鳴り声よりも恐ろしい、精神的な隔絶を、指導者と部員の間に生んでいた。
楓と美咲は、この事態を収束させるための意見が決定的に対立し始めた。
「美咲、もうこれ以上は無理よ。皆の精神状態が持たない。このままでは、皆コーヒーを嫌いになってしまう。先生に、少し指導のペースを緩めてもらうように、部長として頼もうと思うわ」
楓は、部員たちの感情とモチベーションを最優先しようとした。
「緩めてどうなるの、楓? 今、私たちが香月先生の指導を否定したら、テラスの未来はなくなるわ。先生は、私たちにプロとしての道を示してくれている。それを『厳しすぎる』と拒否するのは、私たち自身の、そしてテラスの覚悟の欠如よ。テラスは、心地よさだけでなく、品質で勝負しなければならない。この道を進まなければ、テラスはまた『高校生の遊び』に戻ってしまう」
美咲は、香月の指導を最後まで信じ抜こうとする。
上級生間の連携も崩壊寸前となり、テラスは内側から崩れ始めていた。部員たちの間には、香月への不満だけでなく、「この部活は、結局何を目指しているんだ」という、根本的な迷いが広がっていた。部員の技術向上と、心の居場所の提供という二律背反の目標に、全員が引き裂かれていた。
蒼太だけは、黙々と練習を続けていたが、彼の技術は昨日よりも安定しなかった。彼の心は、蓮や結の感情的な反発と、香月の冷徹な論理の間で激しく揺れ動き、「自分には何ができるのか」という問いに答えを見いだせずにいた。
彼の淹れるコーヒーは、技術的な完璧さを失い、雑味を含み始めていた。注湯の円が小さくなったり大きくなったりする度に、彼の心の乱れが、そのままコーヒーの味に反映されていた。彼は、技術を失うことが、自分自身の存在意義を失うことに繋がるという、強い恐怖を感じていた。




