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星陽高校バリスタ部  作者: やた
第9話 星空の特別授業

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4.壁と試練

 合宿2日目。特訓の強度は、部員たちの不満とは裏腹に、さらに増した。香月は、部員たちが淹れたコーヒーの抽出液を、抽出時間、温度、TDS計を用いて、徹底的に数値化し、前日のデータと比較させた。研修室の壁には、各部員の抽出グラフが貼り出され、わずかな品質のブレも隠せない状況となっていた。


「君たちの淹れた一杯は、テラスで提供する商品だ。商品である以上、品質保証の責任が伴う。なぜ、君たちの淹れるコーヒーは、昨日のデータからわずか0.01%の濃度差が生まれるのか? この差は、お客様が感じる『美味しい』と『あれ?』の、決定的な境界線だ。そして、この境界線を乗り越えることこそが、プロの最低限の誠意だ」


 蓮のエスプレッソ抽出は、依然として安定しなかった。彼は、完璧を求めようとするがゆえに、焦りや疲労が生まれ、その結果、タンピングの圧力が微妙に下がり、エスプレッソのクレマ(泡)の形成が不安定になった。香月は容赦なく蓮の失敗作を流しに捨てさせた。


「潮崎。君のコーヒーは『まぐれ』だ。百杯淹れて、九十九杯成功しても、一杯の失敗がテラスの信用を失わせる。職人とは、まぐれを許さない。自分の身体を、精密な機械のように制御しろ。感情を捨てろ」


 結が練習していたラテアートも、香月によって技術的に解体された。結は、アートを描く楽しさに夢中になりがちだったが、香月は基本のミルクフォームのキメの粗さを指摘した。


「星野、君はアートに夢中になっているが、基本のミルクフォームのキメが粗い。泡が安定していないから、アートがすぐに崩れる。君の伝える『熱意』は、儚い泡のように消えてしまう。伝えたい熱意があるなら、それを支える強固な技術基盤が必要だ。土台のない熱意は、ただの自己満足だ」


 そして、最も過酷な課題は、蒼太に突きつけられた。それは、技術的な精度を超えた、精神の試練だった。


「日向。君の技術は部内で最も高い。だが、テラスのバリスタには、技術だけでは通用しない。今日から君は、抽出中に、他の部員からの質問に答え、周囲とコミュニケーションを取りながら、抽出を完了させろ。どんな質問にも、笑顔で答え続けろ」


 蒼太は、極度の緊張に襲われた。他者の目線や言葉に晒されると、途端に手の震えが止まらなくなるのが彼の長年の弱点だった。彼は、コミュニケーションを技術の邪魔な雑音と捉えており、他者との交流を意識すると、その動揺が身体の繊細な動き、特に注湯の均一性に直接影響した。案の定、彼の淹れるコーヒーは、彼の心の動揺を反映するように、注湯は均一性を失い、TDSデータも乱れた。


「日向、なぜブレた? 君の技術はどこに行った?」


 香月は問い詰める。


「……気持ちが、ブレました。雑念を、排除できませんでした」


 蒼太は絞り出すように答えた。


「そうだ。プロとは、どんな環境下、どんな精神状態でも、気持ちを安定させ、完璧な結果を出す者のことだ。君の技術は、君自身のメンタルに依存している。それでは、テラスを支える柱にはなれない。君はまだ、技術に頼って、他者から逃げている」


 蒼太は、自分の持つ技術が、いかに脆く、不安定なものだったかを痛感した。彼にとって、技術は外界から身を守るシェルターだったが、そのシェルターは、たった一つのコミュニケーションという試練で、あっけなく崩れ去ってしまったのだ。技術の不安定さが、そのまま彼の存在意義の不安定さに繋がり、彼の絶望は深かった。

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